「いつか使う」の箱を、ひとつだけ開ける——手放せない日の、3分の実践

クローゼットの奥に、開けていない箱がありませんか?

中身は、だいたい覚えている。

いつか使うかもしれないもの。

高かったもの。

もらったから、捨てにくいもの。

季節の変わり目に、「そろそろ整理しなきゃ」と思って、

扉を開けて、閉じる。

そしてまた、来年になる。

そんなあなたへ。

だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。

ぼくも、ずっとそうでした。

よろこんで手放す、という考え方

惜しむこころを離れて、よろこんで手放す。

仏教には、そういう考え方があるそうです。

はじめて知ったとき、ぼくは正直、ちょっと反発しました。

よろこんで手放すなんて、できるわけがない。

惜しいものは、惜しい。

でも今は、こう受け取っています。

よろこんで手放せるくらい、持ちものを軽くしていく。

順番は、そっちなんじゃないかと。

手放す気持ちを先に鍛えるんじゃなくて、

ひとつ手放してみて、思ったよりへいきだった、という体験を積む。

こころは、あとからついてきます。

順番を逆にすると、たいてい苦しくなるんです。

「執着を手放さなきゃ」と念じている時間ほど、

執着のことをずっと考えている時間はありません。

だから、考えない。

手を動かして、ひとつ、外に出す。

それだけでいいんだと思います。

モノに埋もれていた部屋の話

引きこもっていたころ、ぼくの部屋はモノでいっぱいでした。

外に出られないぶん、なにかを買って、届いて、開けて、置く。

その繰り返しで、床が見える面積がどんどん減っていきました。

不思議なもので、部屋がせまくなるほど、こころもせまくなります。

視界に入るモノの数だけ、

「これ、どうしよう」という小さな未処理が積み上がっていく。

ひとつひとつは、なんでもない。

でも合計すると、けっこうな重さになるんです。

再生していく過程で、ぼくがやったのは、たったひとつでした。

一日にひとつだけ、手放す。

大掃除はしません。

週末にまとめてやろうともしません。

一日ひとつ。

それだけを、淡々と。

なぜ一日ひとつだったかというと、

それ以上できなかったからです。

かっこいい理由はありません。

でも、あとから思うと、それがよかった。

大掃除は、やり切ったあとに、たいてい反動が来ます。

「もうしばらくやりたくない」が残る。

一日ひとつは、反動が来ないんです。

だって、疲れないから。

そして毎日ひとつ、確実に軽くなる。

床が見えてくるのは、ずいぶん先です。

でも、確実に見えてきます。

「捨てられない」は、悪いことじゃない

ここで「モノを減らしましょう」と言いたいわけではありません。

捨てられないのは、記憶をだいじにできる人だからです。

モノの向こうに、人や時間が見えてしまう人だからです。

それは、うつくしい性質だと思います。

だから、ミニマリストになる必要なんてまったくない。

ただ、「決めていない」という状態だけが、じわじわ体力を削ります。

捨てるか、持つか。

どっちでもいいんです。

決まってさえいれば、こころはしずかになる。

だから、この記事でおすすめしたいのは「捨てること」じゃありません。

「決めること」です。

そして、決めた結果が「持つ」でも、まったく問題ありません。

むしろ、ちゃんと選んで持っているものは、軽いです。

重いのは、宙ぶらりんのまま置かれているものだけ。

箱の中身がしんどいのは、モノが多いからじゃなくて、

未決のまま眠っているからなんですね。

「いつか使う」の、いつか

ぼくは長いこと、「いつか使う」を信じていました。

でも、あるとき気づいたんです。

「いつか使う」と思った日から、一度も使っていないものは、

たぶん、これからも使わない。

それは、そのモノがだめだったという話ではなくて、

そのモノを必要としていたころの自分が、もういない、というだけの話です。

なつかしい人と、もう会わないのと同じで。

さみしいけれど、悪いことじゃない。

あなたが変わったから、使わなくなった。

ちゃんと、進んでいるということです。

今日の小さな一歩(3分)

今日は、箱をひとつだけ開けてみましょう。

全部やらなくていいです。ひとつ。

①タイマーを3分にセットして、箱をひとつ開ける

「いつか使う」と思っているものが入っている箱がおすすめです。

②手に取ったものに、こころの中でひとことだけ言う

「ありがとう、もうだいじょうぶ」または「もう少し、いてください」

③3分たったら、手放すと決めたものをひとつだけ、玄関に置く

今日はそこまで。捨てにいかなくていいです。

玄関に置くところまで、というのがコツです。

捨てる決断と、捨てる行為を、同じ日にやらない。

これだけで、ぐっとハードルが下がります。

明日、出かけるついでに持って出る。

そのころには、もう気持ちが片づいています。

そしてもし、3分たって何も手放せなかったとしても。

それは失敗じゃありません。

箱を開けた。

中を見た。

それだけで、今日はもう一歩進んでいます。

「今日は開けられただけ」の日を、ぼくは何度も過ごしました。

そういう日が何日かつづいて、

あるとき、ふっとひとつだけ手が動く。

その順番でいいんです。

やわらかい締め

減らすのは、ガマンのためじゃありません。

余白をつくるためです。

床が見えると、呼吸が深くなる。

選ぶものが減ると、朝がしずかになる。

ぼくは、そういうふうにして、すこしずつ戻ってきました。

一日ひとつ。

今日は、ひとつだけ。

それを一年つづけたら、部屋は驚くほど変わります。

でも、そこを目指さなくていい。

今日のひとつを、そっと玄関に置く。

それだけで、じゅうぶんです。

焦らず、比べず、背伸びせず。

今日できることを、目いっぱい。

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