ふえたのはモノじゃなくて、選択肢だった——選ぶことに、こんなに疲れていたなんて

クローゼットを開けて、着るものがない気がする。

冷蔵庫を開けて、食べたいものがない気がする。

ちゃんと、あるんです。

あるのに、決まらない。

そして扉を閉めたあと、なぜかどっと疲れている。

そんなこと、ありませんか?

疲れる理由が自分でもわからなくて、

「気分の問題かな」で片づけてきた人も、多いと思います。

そんなあなたへ。

だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。

へっているのは、体力じゃなくて「決める力」

ぼくたちは一日に、おどろくほどたくさんのことを決めています。

朝、何を着るか。

どの道で行くか。

昼に何を食べるか。

この返信は、いま返すか、あとにするか。

このメッセージの語尾は、これでこわくないか。

大きな決断は、そんなにありません。

でも、小さな決めごとは、途切れなくつづきます。

そして繊細ながんばり屋さんは、その一回ずつが、ていねいなんです。

選ぶまえに、まわりを見る。

相手がどう思うかを、いちど通す。

これでいいかな、と、こころのなかでもう一往復する。

一回あたりは、ほんの数秒。

でも回数が多いから、夕方にはもう、決める力が空っぽになっている。

疲れているのに、何もしていない気がする。

あの感じの正体は、たぶんこれです。

モノがふえた、というより

部屋を見わたして、モノが多いなと思うことがあります。

でも、ほんとうにこころを重くしているのは、

モノの数そのものじゃない気がするんです。

一枚の服がふえると、朝の選択肢がひとつふえます。

アプリがひとつふえると、開く候補がひとつふえます。

つまり、ふえているのはモノじゃなくて、

「毎日、選びなおさなきゃいけないこと」のほうなんですよね。

選択肢は、自由の材料です。

それは、まちがいありません。

ただ、材料があることと、自由であることは、別ものでした。

選ぶには、こころの体力が要る。

体力が切れているとき、選択肢の多さは、そのまま重さに変わります。

コンビニの棚の前で、何も選べなかった日

ぼくにも、それがはっきり見えた時期があります。

引きこもっていたところから、少しずつ外に出はじめたころのことです。

こわかったのは、人の目でも、外の明るさでもありませんでした。

コンビニの棚です。

飲みものの棚の前に立って、まったく決められなくなったんです。

どれも同じに見える。

どれを選んでも、選ばなかったほうが気になる。

そのうち、選べない自分にうんざりして、

けっきょく何も買わずに出てきた日がありました。

情けなかったです、正直。

でも、いま思えば当然でした。

あのころのぼくには、決める力の残量がほとんどなかった。

そこへ、何十種類もの選択肢が並んでいたわけですから。

そのあとしばらく、ぼくは毎日おなじものを食べていました。

味に飽きていなかったわけじゃありません。

ただ、決めなくていいことが、あんなに助かるとは思わなかった。

こころがしずかだったんです。

選ばなかったほうが、あとから気になる

選択肢が多いと、しんどくなる理由は、もうひとつあります。

選んだあとに、選ばなかったものが残るからです。

こっちにしておけばよかったかな。

あっちのほうが、よかったかもしれない。

三つのなかから選んだときは、そんなに気になりません。

でも、三十のなかから選ぶと、選ばなかった二十九が、うっすら背中に残ります。

そのうっすらが、積もる。

決めるときのエネルギーだけじゃなくて、

決めたあとの「ふりかえり」にも、こころは力を使っているんです。

しかも、ていねいな人ほど、このふりかえりが長い。

だからときどき、こう思ってしまう。

自分は優柔不断なんだ、と。

ちがうと思うんです。

うしろを見る目が、こまやかなだけ。

「減らしましょう」とは言いません

ここで、モノを減らしましょう、と言いたいわけではありません。

好きなものは、持っていていいんです。

ぼくは、モノを持つことをわるいことだと思っていません。

つみへらしは、足すより手放すという考え方ですが、

手放す対象は、いつもモノとはかぎらないんですよね。

今日そっと手放したいのは、モノではなく、

「毎日ちゃんと選びたい」という、まじめさのほうです。

そのまじめさは、あなたのいいところです。

だから、ぜんぶは手放さなくていい。

ただ、選ぶ場所を、こちらで決めておく。

一日のうち、ここぞという場面のために、決める力を残しておく。

それだけのことです。

決めておくのは、自由を減らすことじゃない

同じ服を着まわしている人が、なんだかいつも涼しい顔をしていること、ありませんか?

あれは、こだわりがないんじゃなくて、

こだわる場所をひとつに決めているんだと思うんです。

決めておくと、朝の自分が、そのぶんラクをできます。

昨日の自分が、今日の自分の荷物をひとつ持ってくれている。

それはとても、やさしい引き算です。

自由がへるように見えて、じつは、

ほんとうに選びたいことに使える自由がふえている。

今日の小さな一歩(3分)

①今日いちばん「迷った」場面を、ひとつだけ思い出す

朝の服。昼ごはん。飲みもの。返信の文面。どれでもいいです。時間がかかったものではなく、いちばん気力を持っていかれたものを選んでください。

②それを、一週間だけ「決め打ち」にする

紙に一行書いて、見えるところに貼ります。「今週の昼は、これ」「今週の飲みものは、これ」。それだけです。

③一週間たったら、こころが軽かったかどうかだけ、たしかめる

軽くなっていなければ、やめてかまいません。合わなかったとわかったことのほうが、収穫です。

たったひとつです。

全部やろうとすると、決めることがふえて、本末転倒になります。

ひとつでいいんです。

やわらかい締め

選べない日があっても、それは、あなたの意志が弱いからじゃありません。

その日、ちゃんと考えて、ちゃんと気をつかって生きてきた証拠です。

たくさん選べる人が、ゆたかな人なのではなくて、

選ばなくていいことを知っている人が、こころしずかなのだと、ぼくは思っています。

減らしたいのは、モノじゃなくて、迷い。

そしてその迷いは、あなたのまじめさが生んだものだから、

責めなくて、ぜんぜんだいじょうぶです。

焦らず、比べず、背伸びせず。

今日は、ひとつだけ決めておく。

それだけで、あしたの朝が、すこししずかになりますよ。

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