背中が丸いまま、一週間がはじまる。こころから整えようとしなくて、だいじょうぶ

月曜の朝。

目が覚めた瞬間から、もう肩のあたりがかたい。

起き上がろうとして、背中が板みたいになっていることに気づく。

顔を洗って、鏡を見たら、そこにいるのは、なんだかちょっと前かがみの人。

「ああ、また一週間がはじまるのか」

そう思ったときには、もう背中が丸まっている。

そんな朝、ありませんか?

こころを立て直そうとして、うまくいかない日

しんどいとき、ぼくたちはたいてい、こころのほうをどうにかしようとします。

前向きに考えよう。

気持ちを切り替えよう。

まあ、なんとかなるって思おう。

でも、これがなかなかむずかしい。

だって、気持ちって、蛇口みたいには回らないんですよね。

「前向きになれ」と自分に言い聞かせているあいだじゅう、こころのどこかは「いや、無理だし」とつぶやいている。

そして、うまく切り替えられない自分に、また少しがっかりする。

月曜の朝から、自分にがっかりするのは、けっこうこたえます。

からだのほうから、いく

坐禅の世界に、『調身調息調心』(ちょうしんちょうそくちょうしん)という言葉があります。

まず身をととのえ、つぎに息をととのえる。

そうすると、こころはあとから、ひとりでにととのってくる。

そういう順番だという教えです。

ぼくがこの言葉を好きなのは、こころを最後に置いてくれているところです。

いちばん言うことを聞かないやつを、最後にしてくれている。

先にやるのは、姿勢と呼吸。つまり、意志の力がほとんどいらない、やればできることだけ。

こころは、あとからついてくる。

ついてこなかったら、それはそれでいい。

なんというか、すごくやさしい設計だなと思うんです。

丸まったまま、動かなかったころ

ぼくは、家から出られなくなっていた時期があります。

あのころ、ずっと背中が丸まっていました。

布団のなか、パソコンの前、床。

どこにいても、からだが自分をかばうみたいに、内側にまるまっていた。

胸のまんなかを、ずっと守っている姿勢です。

いま思うと、あれはこころが弱ったから背中が丸くなったのか、背中が丸かったからこころが起き上がれなかったのか、正直よくわかりません。

たぶん、どっちもです。

そして、どっちもだからこそ、どっちからでも手をつけられる。

ぼくがすこしずつ動けるようになっていった時期、はじめにやったのは、立派なことではありませんでした。

ただ、胸をひらいて息を吸う、みたいな、その程度のことです。

それで人生が変わったなんて言うつもりはありません。

でも、その日一日を通り抜けるくらいの力は、ちゃんとありました。

姿勢は、こころの器のかたち

背中が丸まっていると、肺のスペースがせまくなります。

呼吸が浅くなると、息が上のほうで細かく回るようになります。

そうすると、こころも同じリズムになるんですよね。

浅く、速く、落ち着かない。

だからぼくは、姿勢って「こころの器のかたち」だと思っています。

器がすぼんでいたら、そこに入る量も減ってしまう。

逆に、器がすこし開けば、入るものも変わる。

背すじをまっすぐにしなさい、と言いたいわけではありません。

ピンと伸ばそうとがんばると、それはそれで肩に力が入って、また疲れますから。

やることは、伸ばすことじゃなくて、ゆるめることです。

丸まるのは、守っていたからです

もうひとつ、書いておきたいことがあります。

背中が丸まっている自分を見ると、だらしないな、と思ってしまいがちですよね。

でも、あの姿勢には、ちゃんと意味があります。

からだは、胸のまんなかを守ろうとしているんです。

いちばんやわらかくて、いちばん大事なところを、内側にかくそうとしている。

つまり、丸まった背中は、怠けの形じゃなくて、防御の形なんですね。

そう思うと、責める気がなくなりませんか?

あなたの背中は、ずっとあなたを守ってきたわけです。

気を張った会議も、言えなかった一言も、うまくいかなかった一日も、ぜんぶ、その形で受けてきた。

だから、ゆるめるときも、「直す」という気持ちではやらないでほしいんです。

直すんじゃなくて、ねぎらう。

「もういいよ、ここは安全だから」と、からだに伝える。

その気持ちでやると、おなじ動きでも、ふしぎと入り方がちがいます。

今日の小さな一歩:1分の「背中ゆるめ」

椅子があればできます。会社でも、家でも。

無理な範囲まではやらないでください。痛みがあるところは、そっとよけてくださいね。

① 椅子に浅めに腰かけて、両手を、ふとももの上に軽く置く。

足のうらは床につけます。よりかからないぶん、からだが自分で立つ感じになります。

② 息を吸いながら、胸をゆっくりひらく。

胸のまんなかを、そっと前に出すイメージです。肩は、上げずに、うしろに落とす感じ。あごも上げすぎない。

③ 息を吐きながら、背中をまあるくまるめる。

おへそをのぞきこむように。ここで、思いきりだらしなく丸めてください。だらしなくていいんです、ここは。

この②と③を、ゆっくり三往復。

それだけです。1分もかかりません。

コツはひとつだけ。

「ちゃんとやろう」としないことです。

これは運動じゃなくて、からだに「今日もいるね」と声をかけるくらいのことなので。

おわりに

月曜の朝の重さは、あなたの気合いが足りないからではありません。

ただ、器が、ちょっとすぼんでいるだけです。

こころから立て直そうとしなくて、だいじょうぶ。

先に胸をひらいて、息を入れて、こころはあとからでいい。

ついてこなかったら、また明日やればいいです。

焦らず、比べず、背伸びせず。

今週も、自分のペースでトコトコいきましょうね。

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