こんな声を、よくお聞きします。
「その人のこと、嫌いなわけじゃないんです。
むしろ、いい人だと思ってる。
なのに、会ったあと、どっと疲れる。
最近は、連絡が来ると、ちょっと固まってしまう自分がいて。
こんなふうに思う自分が、冷たい人間な気がしてつらいです」
もし、いま似たようなことを感じているなら。
だいじょうぶ。
あなたは、冷たい人じゃないですからね。
「嫌い」と「疲れる」は、別のものです
ここが、いちばん誤解されやすいところだと思います。
ぼくたちは、いつのまにか、人間関係を「好き」か「嫌い」かの二択で考える癖をつけられています。
だから、疲れを感じたときに、こころが勝手に翻訳してしまうんですね。
疲れる → きらいなのかも → そんなふうに思うなんて、ひどい人間だ。
でも、疲れは、感情の評価じゃありません。
ただの、消耗の量です。
好きな人と過ごしても、疲れるときは疲れます。
大事な人だからこそ、気をつかって、余計に減ることだってあります。
つまり疲れているのは、あなたのこころが冷たいからじゃなくて、あなたのこころが、そのぶんちゃんと働いていたからなんです。
近づきすぎても、離れすぎても、うまくいかない
仏教に、『不即不離』(ふそくふり)という言葉があります。
つかず、離れず。
くっついてもいないし、切れてもいない。
その、あいだの距離を保つことを言った言葉です。
ぼくはこれを、人と人の「間合い」の話として受け取っています。
くっつきすぎると、相手の感情が自分の感情になってしまう。
相手が沈むと、こちらまで沈む。
相手の機嫌が、こちらの一日の天気になってしまう。
かといって、ばっさり切ってしまうと、こんどは切ったこと自体が、ずっと胸に残る。
だから、切るんじゃなくて、間合いを取る。
これは逃げでも、裏切りでもありません。
関係を、これから先もつづけていくための、手入れみたいなものだと思っています。
ぼくは、読みすぎる人でした
ぼくは昔から、人の表情を読むのが、たぶん少し得意でした。
会議室に入った瞬間に、だれの機嫌が悪いかがわかる。
言葉と表情がずれている人がいると、すぐ気づいてしまう。
それが役に立った場面も、たくさんありました。
でも、事業をやっていたころ、その能力にずいぶん食われました。
一日じゅう、人の内側をスキャンしつづけているんです。
だれも頼んでいないのに、勝手に。
家に帰るころには、自分の感情がどれだったのか、わからなくなっていました。
そのあと、ぼくはアディクションに沈んで、人に会えなくなる時期を過ごすことになります。
いま思えば、あのときのぼくに足りなかったのは、根性でも、強さでもありませんでした。
間合いです。
近づく力ばかり鍛えて、離れる技術をひとつも持っていなかった。
それだけのことだったんだと思います。
離れることを、相手に説明しなくていい
やさしい人ほど、ここでつまずきます。
距離をとるなら、ちゃんと理由を伝えなきゃ。
黙って離れるのは失礼だ。
誤解されたらどうしよう。
そうやって、離れるための手つづきに、また消耗してしまう。
でも、間合いって、宣言するものではないんですよね。
すこし返信がゆっくりになる。
今回は行かない。
会う頻度が、月に二回から一回になる。
それだけのことです。
説明しないことは、不誠実ではありません。
むしろ、相手をこちらの事情に巻き込まないという、しずかな配慮でもあります。
そして、ここが大事なんですが、間合いを取ったあとの関係のほうが、たいていやわらかいです。
こちらが余裕を持って会えるようになるので、相手にもちゃんと向き合える。
すり減りながら会っていたころより、ずっといい時間になることが多い。
離れることは、関係を終わらせることじゃなくて、関係を長生きさせることなんです。
今日の小さな一歩:3分の「置きにいく」練習
大きな決断はいりません。
今日からできる、いちばん小さな間合いの取り方をひとつだけ。
① 通知が来たとき、すぐ開かない。まず一呼吸だけ置く。
息を吸って、吐く。それだけです。この一呼吸のあいだに、こころが「反射」から「選択」に切り替わります。
② 「今日は夜に返す」と、自分のなかで決める。
時間帯だけでいいです。緊急でないものは、たいてい夜でも間に合います。決めるのは、相手のためではなく、自分のこころに順番をつけるためです。
③ 決めたとおりにする。早く返さない。
ここがいちばんむずかしいところです。でも、一度でも「すぐ返さなくても、世界は終わらなかった」という体験ができると、こころの緊張がひとつほどけます。
もし気になって落ち着かなかったら、返してしまってもいいです。
それでも、①の一呼吸を置いた時点で、もうあなたは反射で動いていません。それが練習になります。
おわりに
連休が近づくと、人と会う予定が増えますね。
たのしみな気持ちと、ちょっと身がまえる気持ちが、同時にあってもいいんです。
どちらかが本物で、どちらかが嘘、ということはありません。
人を大事にすることと、自分を守ることは、対立しません。
その両方が同時に立つ場所が、間合いという場所です。
つかず、離れず。
すこし離れたところから、その人のいろを、そのまま眺める。
焦らず、比べず、背伸びせず。
あなたの間合いは、あなたが決めていいですからね。
