みどりの日の朝、5分だけ、緑のなかを歩いてみる

連休も、なかばですね。すこし、寝坊した朝かもしれません。

ゆっくり、休めるのは、ありがたいことです。でも、なんだか、からだが、重い。あたまが、ぼんやり、する。

そんな朝も、あるのでは、ないでしょうか。

連休って、ふしぎですよね。休んでいるはずなのに、なぜか、すっきり、しない。ごろごろ、していると、かえって、だるく、なってくる。

そして、だらだら過ごしてしまった自分に、ちいさく、ため息をつく。「せっかくの休みを、むだにしてる気が、する」って。

そんなあなたへ。

だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

今日は、みどりの日。名前のとおり、自然や、緑に、親しむ日です。

だから、ぼくから、ひとつだけ、提案させてください。

5分だけ、外に出て、緑のなかを、歩いてみませんか。

ぼくは、所作や、からだを動かすことを、ひとつの修行のように、大切にしています。むずかしいことでは、ありません。ただ、ていねいに、からだを、使う。それだけです。

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、からだを、まったく、かえりみて、いませんでした。

走りに走って、こころがすり減って、最後は、部屋から出られなくなった時期がありました。あのころのぼくは、何日も、外の光を、あびていませんでした。カーテンを閉めきった部屋で、ただ、うずくまっていたんです。

からだが、どんどん、こわばっていく。それに、つれて、こころも、かたく、くらく、なっていきました。からだと、こころは、別々のものだと、ぼくは、思っていました。でも、ちがった。ふたつは、ぴったりと、つながっていたんです。

そんなぼくが、すこしずつ、外に出られるように、なったきっかけのひとつが、朝の散歩でした。

最初は、家のまわりを、ほんの数分。玄関を出るだけでも、勇気が、いりました。それでも、朝の光をあびると、こころのおくのほうが、ふっと、ゆるむのを、感じたんです。

「ああ、外の空気って、こんなに、きもちよかったんだ」。そんな、あたりまえのことを、ぼくは、どん底で、すこしずつ、思い出していきました。

こころが動かないときは、まず、からだから、そっと、動かしてあげれば、いい。

理屈で、こころを元気にしようとしても、なかなか、うまくいきません。「前向きにならなきゃ」と、頭で念じても、こころは、そう簡単には、動かない。でも、からだを、ほんのすこし、動かすだけで、こころは、あとから、ついてきて、くれるんです。

今日できる、小さな一歩。

朝のうちに、5分だけ、外に出てみてください。できれば、緑のある場所がいいですが、なくても、空の見えるところなら、じゅうぶんです。

歩きながら、三つのことを、ていねいに、味わってみてください。

ひとつ。足のうらが、地面につく、感覚。ふたつ。鼻から入ってくる、朝の、すこしひんやりした、空気。みっつ。耳にとどく、鳥の声や、風の音。

スマホは、ポケットに、しまっておきましょう。今、ここの緑だけを、五分間、あじわう。それは、ちいさな、けれど、たしかな、瞑想のような時間です。

たった、5分です。でも、その5分が、重かった連休の朝を、すこし、かるくしてくれます。そして、もし「もうすこし、歩きたいな」と思えたら、それも、あなたのこころが、回復しはじめた、しるしです。

きょう、ぜんぶを、整えようとしなくて、いいんです。ただ、5分、緑のなかに、立つ。それだけで、きょうのあなたは、ちゃんと、自分を、いたわっています。重い朝を、責めるのでは、なく。重い朝に、やさしい手当てを、ひとつ。それで、じゅうぶんなんです。

焦らず、比べず、背伸びせず。こころが動かない日は、まず、からだから。

今日もまた、自分らしいペースで、トコトコ歩いていきましょうね。

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