こどもの日ですね。青い空に、こいのぼりが、気持ちよさそうに、泳いでいます。
すこやかに、育ちますように。おおきく、つよく、なりますように。
こいのぼりには、そんな願いが、こめられているそうです。
でも、その光景を見上げながら、ふと、胸のおくが、しずかに、なることって、ありませんか。
「ぼくは、ちゃんと、おおきく、なれたんだろうか」「あのころ願われたとおりに、なれているんだろうか」って。
そんなあなたへ。
だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。
きょうは、いま目の前にいる子どもたちのことではなく、かつて「こども」だった、あなた自身のことを、すこし、話させてください。
繊細でがんばり屋さんの多くは、ちいさいころから、がんばってきた人だと、ぼくは、思っています。
親の顔色を、うかがって。泣きたいのを、こらえて。わがままを、言わないように、いい子で、いようとして。
まわりに気をつかえる、やさしい子。手のかからない、いい子。そう言われるたびに、すこし、うれしくて、でも、すこし、さみしかった。
その「いい子」の裏側で、あなたは、たくさんの、ちいさな本音を、ぐっと、のみこんできたのでは、ないでしょうか。
ほんとうは、もっと、甘えたかった。ほんとうは、もっと、わがままを、言いたかった。ほんとうは、ただ、ぎゅっと、抱きしめて、ほしかった。
そういう、声にならなかった気持ちが、こどものあなたのなかに、まだ、そっと、残っている気がするんです。おとなになった、いまも。ふとした瞬間に、胸のおくが、きゅっと、なるのは、その子が、まだ、そこに、いるからかもしれません。
正直に打ち明けると、ぼく自身、長いあいだ、自分の弱さを、認められませんでした。
がんばること。強く、あること。それだけが、自分の価値だと、思いこんでいました。弱音をはくのは、だめなことだ、甘えだ、と。
その結果、ぼくは、走りすぎて、すり減って、最後は、部屋から、出られなくなりました。強く、あろうとして、いちばん、もろく、くずれて、しまったんです。
どん底で、ぼくが、ようやく、気づいたこと。
それは、「もう、これ以上、がんばらなくて、いいんだよ」と、いちばん言ってあげるべき相手は、ほかのだれでも、なく、自分自身だった、ということでした。
ずっと、がんばってきたよね。ずっと、ひとりで、こらえてきたよね。よく、ここまで、もちこたえたね。
そう、こどものころの自分に、声を、かけてあげる。それが、ぼくの、再生の、はじまりでした。
今日できる、小さな一歩。
こどもの日のきょう、すこしだけ、目を、とじてみてください。
そして、ちいさかったころの、あなたの姿を、おもいうかべてみる。ランドセルを背おった、あなた。ひとりで、なにかを、がまんしていた、あなた。だれにも言えずに、ふとんのなかで、こっそり泣いていた、あなた。
その子に、こころのなかで、そっと、声を、かけてあげてください。
「よく、がんばったね」「もう、いい子で、いなくても、いいんだよ」「ここまで、ほんとうに、よく、生きてきたね」
照れくさかったら、ちいさな声で、つぶやくだけでも、いい。
かつて願われた「おおきく、つよく」を、まだ達成できていなくても、だいじょうぶ。あなたは、あなたなりに、ちゃんと、ここまで、生きてきた。それだけで、もう、じゅうぶん、えらいんです。
きょうくらいは、つよがるのを、すこし、お休みして。ちいさかった、あなたを、いっぱい、ねぎらって、あげてください。だれかに、認めてもらうのを、待たなくても、いいんです。あなたが、あなた自身を、認めてあげる。それが、いちばん、こころに、しみますから。
焦らず、比べず、背伸びせず。きょうは、こどものころのあなたに、ありがとう、を。
今日もまた、自分らしいペースで、トコトコ歩いていきましょうね。
