がんばれない自分を、そっと責めずにいられたら

ゴールデンウィークが明けて、何日かが過ぎたころ。朝、目がさめても、からだがふとんから起き上がってくれない。

やらなきゃいけないことは、ちゃんとわかっている。わかっているのに、こころのエンジンが、うんともすんとも言わない。

そして、いちばんしんどいのは。そんな自分に向かって、自分でこう言ってしまうことではないでしょうか。

「なんで、こんなこともできないんだろう」「みんな、ふつうにやってるのに」

そうやって、動けない自分を、いちばん近くで、いちばん厳しく、せめてしまう。だれよりも、自分が、自分の、きびしい監視員になってしまう。

そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

五月のこの時期、こころが重くなるのは、あなたが弱いからではありません。むしろ、連休のあいだも、どこかで気を張りつづけていた。家族にあわせたり、予定をこなしたり、たのしまなきゃと、がんばっていた。楽しいはずの時間さえ、どこかで、ちゃんとしなきゃと、力んでいた。

その反動が、いま、どっと出てきているだけなんです。それは、あなたが、ちゃんとがんばってきた、なによりの証拠です。がんばっていない人は、こんなふうには、つかれません。

ぼくは、つみへらし、という生き方を大切にしています。足すより、手放す。こだわりや、とらわれを、すこしずつ減らしていく。それだけで、こころは、ふっと軽くなる。

そのなかで、ぼくがいちばん最初に手放したかったもの。それは、「がんばれない自分を責める」という、長年のクセでした。

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、自分を責める天才でした。

起業して、毎日のように新しい目標を立てて。できない日があると、夜、ふとんのなかで何時間も、自分を問いつめていました。「おまえは、なまけている」「もっとできるはずだ」と。

朝、目がさめた瞬間から、もう、自分への説教がはじまる。一日のスタートが、減点からはじまる。そんな毎日でした。

その鞭を打ちつづけた先に、待っていたもの。それは、ゆたかさではありませんでした。

走りすぎて、お酒や刺激に逃げるようになって。最後は、人と会うのもこわくなって、部屋から出られなくなった時期がありました。

あのときのぼくは、ずっと、自分に「がんばれ」と言いつづけていたんです。もう、一歩も動けないほど、くたびれているのに。からっぽのコップから、まだ水をしぼり出そうとするように。

いま、ふりかえって思うんです。あのとき、ぼくに本当に必要だった言葉は、「がんばれ」ではなかった。

「よく、がんばってきたね」「もう、すこし休んでいいよ」ただ、それだけだったんだと。

がんばれない、というのは、こころからの、SOSのサインです。車のガソリンが切れかけているときに、アクセルをもっと踏みこんでも、車は進みません。むしろ、エンジンが、ボキッと壊れてしまう。

こころも、おなじなんです。からっぽのときに、無理に動かそうとすると、こわれてしまう。

がんばれないときは、がんばらなくていい。というより、がんばれないときは、がんばってはいけない時期なんだと、ぼくは思っています。

そういうときに本当に必要なのは、根性ではなくて。「今日は、休んでいいよ」と、自分に許可をおろすこと。

「休んでいいよ」なんて、甘えだと感じる人もいるかもしれません。かつてのぼくも、そう思っていました。休むことに、罪悪感さえ、おぼえていました。休んでいるあいだも、休めていなかった。

でも、ちがうんです。休むことは、サボることではありません。次の一歩を、ちゃんと歩くための、大切な準備なんです。

弓を引くときも、いちど、ぐっと後ろに引きますよね。あれは、後退ではなくて、遠くへ飛ばすための、力をためる時間です。

がんばれない今日も、きっと、それとおなじ。あなたは、いま、こころの弓を、ぐっと引いている、その途中にいるんです。止まっているように見えて、ほんとうは、次へ進むための、大切な「ため」の時間。

だから、どうか。がんばれない自分を、責めないであげてください。その自分こそ、いちばん、ねぎらってあげてほしい自分なんです。

今日できる、小さな一歩。ひとつだけ、こんなことをしてみませんか。

夜、ねむる前に。胸のあたりに、そっと手をあてて。

口に出さなくてもいいので、こころのなかで、こうつぶやいてみてください。「今日も、よくがんばったね」と。

なにかを成しとげたから、ではありません。ただ、今日という一日を、生きぬいた。その、あたりまえに見えて、すごいことに、ねぎらいをあげる。

たったそれだけ。でも、ずっと自分を責めてきた人にとっては、これがいちばん、むずかしくて、いちばん、やさしい一歩です。

はじめは、こそばゆいかもしれません。うまく、できないかもしれません。ことばが、つるりと、すべってしまうかもしれません。それでも、いいんです。やってみた、それだけで、もう、ひとつ前へ進んでいます。

焦らず、比べず、背伸びせず。がんばれない日は、こころが休みたがっている日。

だいじょうぶ。あなたのペースで、また、ゆっくり歩き出せばいいんですからね。道は、ちゃんと、つづいていますから。

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