母の日に、うまく伝えられないあなたのままで

五月の、第二日曜日。お店にカーネーションがならんで、街がすこし、やわらかい色になる日。

母の日ですね。

「ありがとう」と、ひとこと伝えればいい。たぶん、それだけのこと。

なのに、その、たったひとことが。喉のあたりで、つっかえて、出てこない。

そんな経験は、ありませんか。

照れくさくて。今さらすぎて。あるいは、お母さんとのあいだに、ちょっと複雑なものを抱えていて。

「ありがとう」が言えない自分のことを、冷たい人間なんじゃないかと、責めてしまう。まわりが、あたりまえに感謝を伝えているのを見て、よけいに、しんどくなる。

そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

きょうは、無理に「ありがとう」を言いましょう、という話ではありません。むしろ、その逆の話を、ぼくはしたいと思っています。

正直に打ち明けると、ぼく自身、家族に素直になるのが、ずっと苦手な人間でした。

起業して、走りに走って。うまくいっていたように見えて、こころの内がわは、いつもからからに乾いていて。お酒や刺激に逃げて。最後は、部屋から出られなくなった時期がありました。

そのいちばん、しんどかった時期。ぼくは、家族に、ほとんど本当のことを話せませんでした。

心配をかけたくない、というのもありました。でも、いちばんは、情けない自分を、見せたくなかったんです。

「だいじょうぶ」と、嘘をついて。こころのなかは、ちっとも、だいじょうぶじゃないのに。

電話ごしに、母の声を聞くと。なにか言いたいのに、言葉が、喉のところで、つっかえる。「ありがとう」も「ごめん」も、ぜんぶ、飲みこんでしまう。そして、いつもの「元気だよ」だけを、残して、電話を切る。

そんな自分のことを、当時のぼくは、ずいぶん、責めていました。親不孝な人間だ、と。

でも、いまならわかるんです。

素直になれない、というのは。じつは、愛情がないからではないんです。

むしろ、その逆のことが、すごく多い。

大切に思っているからこそ、こわい。うまく言えなかったら、どうしよう。こんな自分の感謝なんて、重いだけかもしれない。

そうやって、いちばん近い人にこそ、いちばん、まっすぐになれなかったりする。近すぎて、照れて、まぶしくて、まっすぐ見られない。

ほんとうは、いちばん感謝している相手だからこそ。ありきたりな「ありがとう」では、足りない気がして。かえって、なにも、言えなくなってしまう。

その、言葉にならない、もどかしさ。それ自体が、深い愛情の、あらわれなんだと、ぼくは思うんです。

世の中には、すらすらと、感謝を口にできる人もいます。それは、それで、すてきなことです。

でも、言葉にするのが、苦手な人だっている。口下手な愛情は、口じょうずな愛情に、けっして、劣りません。ただ、かたちが、ちがうだけ。

あなたのその、不器用さも、あなたの、やさしさの、色のひとつなんです。

ぼくは、それを、冷たさだとは思いません。不器用な、やさしさだと思っています。

禅の世界に、こんな言葉があります。『以心伝心』(いしんでんしん)。

こころから、こころへ。言葉にしなくても、伝わるものがある、という教えです。

もちろん、言葉にできるなら、それがいちばんいい。でも、言葉にできないからといって、こころがないわけではないんです。

言葉は、こころを盛る、器のひとつにすぎません。器に、うまく盛れないだけで、こころそのものは、ちゃんと、あなたのなかに、たっぷりある。

あなたが、母の日に、お母さんのことを、ふと思い出した。カーネーションの前で、すこし立ちどまった。なにを贈ろうかと、すこし、まよった。

その時点で、もう、こころは動いているんです。それは、ちゃんと、愛情のかたちのひとつなんです。

だから、どうか。「ありがとう」が言えない自分を、責めないであげてください。

うまく言えなくても、いいんです。あなたなりのやり方で、伝われば。

今日できる、小さな一歩。言葉が出てこないなら、言葉じゃなくていいんです。

たとえば、電話を一本。用件なんて、なくていい。「元気にしてる?」だけで、いい。

声を聞かせる、ということ自体が、もう、ひとつの「ありがとう」なんですから。

それも、むずかしいなら。こころのなかで、ただ一度。「お母さん、ありがとう」と、思うだけでもいいんです。

声に出さなくても、その気持ちは、あなたのこころを、すこしあたためてくれます。そして、そのあたたかさは、不思議と、めぐっていくものですから。

いつか、言葉にできる日が来るかもしれません。来ないかもしれません。どちらでも、いいんです。あなたのペースで。

ぼくは、いまでも、母に、面と向かって「ありがとう」と言うのは、すこし照れます。それでも、電話の最後に「またね」と言うとき。そこに、ぜんぶの気持ちを、こっそり、こめています。

完璧な言葉じゃなくて、いい。あなたの「またね」に、あなたの「ありがとう」を、こめれば。

焦らず、比べず、背伸びせず。うまく伝えられない自分も、ふくめて、あなたです。

だいじょうぶ。不器用なやさしさは、不器用なまま、ちゃんと、とどいていますからね。

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