通知をひとつ消すだけの、デジタル断捨離

スマホが、ブッと震える。

そのたびに、なんとなく手にとって、画面をのぞいて。気づけば、たいして見たくもなかったものを、だらだらとスクロールしている。

そんなこと、ありませんか。

一日に、何十回も、何百回も。スマホは、ぼくたちの注意を、こまかく、こまかく、奪っていきます。そして一日の終わりに、なんだか疲れているのに、何をしていたかは、よく思い出せない。

そんなあなたへ。

だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

スマホに振り回されてしまうのは、あなたの意志が弱いからではありません。今日は、ものではなく「通知」を手放す、デジタルの引き算について、お話しさせてください。

手放すのは、ものだけじゃない

断捨離というと、引き出しや、クローゼットの片づけを思い浮かべますよね。

でも、いまの時代、いちばん散らかっているのは、もしかしたら、ぼくたちの「注意」なのかもしれません。

通知が鳴るたびに、こころが、ぴくっと反応する。やりかけていたことから、注意がそれる。そして、また元に戻すのに、エネルギーを使う。

これを一日に何十回もくりかえしていたら、こころが疲れて当たり前です。

禅の世界では、ひとつのことに、こころを向けることを大切にします。

ひとつのことを、ていねいに。今、目の前のことだけに、こころを置く。それが、こころを整える基本だと、教えてくれます。

でも、通知だらけのスマホは、その正反対です。ぼくたちのこころを、一日じゅう、あちこちに引きちぎっている。

かつてのぼくは、通知の奴隷だった

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、スマホが手放せない人間でした。

起業していたころは、いつ大事な連絡が来るかわからない、という不安で、四六時中、スマホを握りしめていました。通知が来れば、すぐに反応する。来なければ来ないで、何か見落としていないか、自分から確認しにいく。

ぼくが、スマホを使っているつもりで、いつのまにか、スマホに使われていたんです。

頭のなかは、いつも、半分どこかへ持っていかれていました。家族と話していても、こころは、次の通知のほうへ。

その先に待っていたのは、こころのすり減りでした。

刺激から、片時も離れられなくなって。最後は、人と会うのもこわくなって、部屋から出られなくなった時期があります。

ようやく、距離をとれたとき、気づいたんです。

ぼくが追いかけていた通知のほとんどは、急ぎでも、大事でもなかったんだ、と。

ただ、ぴかぴか光って、ぼくの注意を奪っていただけ。手放してみて、はじめて、それがわかりました。

「スマホをやめよう」と、言いたいわけではありません

こう書くと、スマホを断ちましょう、という極端な話に聞こえるかもしれません。

でも、ぼくが言いたいのは、そういうことではないんです。

スマホは、とても便利な道具です。手放す必要なんて、ありません。

ただ、その道具に、こちらの注意を、好き勝手に奪われたままでいいのか。それだけ、いちど立ち止まって考えてみたいんです。

主導権を、あちらから、こちらへ。

通知を、ひとつ消す。それは、自分のこころの手綱を、自分の手に取りもどす、ちいさな一歩なんです。

ぼくは、こう考えるようになりました。

通知というのは、だれかが、ぼくのこころに「ちょっと、こっち向いて」と、勝手に肩を叩いてくる手のようなものだ、と。

その手が、一日に何十回も、何百回も伸びてくる。そのたびに、ぼくたちは振り向かされて、いま向き合っていたものから、引きはがされる。

便利さと引きかえに、ぼくたちは、自分の注意の主導権を、知らないうちに、すこしずつ手放してしまっているんです。

だから、通知をひとつ消すのは、ケチくさい節約ではありません。「ここから先は、ぼくが自分で決めます」という、こころの境界線を引く、しずかな宣言なんです。

今日できる、ちいさな一歩

今日は、たったひとつだけ。

スマホの設定をひらいて、通知を「ひとつだけ」オフにしてみてください。

選ぶなら、急ぎでもないのに、いちばん頻繁に鳴って、いちばん気をそらしてくるもの。たぶん、SNSか、ニュースか、ショッピングのアプリです。

たったひとつでいいんです。

その通知が鳴らなくなるだけで、こころが、ぴくっと反応する回数が、確実に減ります。

そして、不思議なことに。

通知が来ないと、ほんとうに必要なときだけ、自分から見にいくようになります。スマホに「呼ばれて」見るのではなく、自分の意志で「見る」。その小さな違いが、こころの落ち着きを、すこしずつ取りもどしてくれます。

ものを手放すのと同じで、通知を手放すと、こころに、すきまが生まれます。

そのすきまで、目の前の人と、ちゃんと話せる。目の前のことに、ちゃんとこころを置ける。

焦らず、比べず、背伸びせず。

今日もまた、自分のこころの手綱を握って、トコトコ歩いていきましょうね。

いま、あなたのスマホで、いちばん「いらない」通知は、どれでしょう。

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