やなぎはみどり、はなはくれない、あなたはあなたのままで

月曜の朝、目をさました瞬間にもう、ため息が出てしまうことってありませんか。

また一週間がはじまる。あの人みたいに、ちゃんとやらなきゃ。あの人みたいに、もっとできる自分にならなきゃ。

まだ何もはじまっていないのにこころのなかだけ、もう走りはじめている。

そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

ぼくが今日、そっと手わたしたい言葉があります。

『柳緑花紅』(りゅうりょくかこう)。「やなぎはみどり、はなはくれない」とも読みます。

やなぎは、みどりの葉をしげらせる。はなは、くれないの色に咲く。ただ、それだけ。

やなぎが「もっと赤くなりたい」とがんばることもなく。はなが「みどりのほうがえらいのかな」と落ち込むこともなく。

それぞれが、それぞれのいろのまま、そこにいる。そのままで、もう、じゅうぶんにうつくしい。

そういう教えです。

少しむずかしく言うと、よけいな「はからい」、つまり、こうあるべきだという自分勝手な思いこみを手放したとき、目の前のありのままの姿が、そのまま本来の姿として見えてくる、ということなんですね。

でも、ぼくたちは、つい忘れてしまいます。

やなぎなのに、はなになろうとする。みどりなのに、くれないにならなきゃと焦る。

そうやって、ありのままの自分に、いつも小さくバツをつけながら生きている。

ぼくにも、ながいあいだ、そういう時期がありました。

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、自分のいろが、ずっときらいでした。

起業して、まわりには、もっと派手で、もっと声が大きくて、もっと堂々とした人たちが、たくさんいました。

その人たちが、まぶしくて。自分のことが、くすんで見えて。

だから、ぼくは、ない色を必死に塗ろうとしました。強がって、大きく見せて、できるふりをして。

本当はしんどいのに、平気な顔をして。本当はこわいのに、まっすぐ前を向くふりをして。

借り物の色を、自分の上から、何度も何度も塗り重ねていったんです。

でも、塗っても塗っても、こころは満たされませんでした。

それどころか、塗り重ねた色の下で、ほんものの自分が、だんだん息ができなくなっていった。

走りすぎたあげく、ぼくはお酒や刺激に逃げるようになって。最後には、人と会うのもこわくなって、部屋から出られなくなった時期がありました。

借り物の色を塗りつづけた先にあったのは、ゆたかさではなくて、自分が自分でなくなっていく、深い淋しさだったんです。

あのとき、ぼくに足りなかったのは、もっと立派な色を塗る技術ではありませんでした。

塗った色を、そっと落として、もとの自分のいろにもどる。その勇気のほうでした。

ありのまま、というのは、なまけることではありません。

「あなたはあなたのままでいい」というと、なんだか、努力をやめろと言われているようで、落ちつかなくなる人もいるかもしれません。

がんばり屋さんなら、なおさら、そうですよね。

でも、ぼくが言いたいのは、そういうことではないんです。

ありのままでいい、というのは、成長しなくていい、ということではなくて。

「ない色を、ムリに塗らなくていい」ということです。

やなぎが、やなぎのまま、すこしずつ枝をのばしていくように。あなたも、あなたのいろのまま、あなたのペースで育っていけばいい。

だれかの色になろうとして消耗するのではなくて。自分のいろを、すこしずつ、こく、深くしていけばいい。

それは、あきらめではなくて、いちばん自然な育ち方なんだと、ぼくは思います。

ぼくが大切にしている言葉に、「You can be any color you want.」というのがあります。

あなたは、好きないろになっていい。でも、それは「だれかの色をまねていい」という意味ではありません。

あなたのなかに、もともとある色を、あなたが選んでいい、ということです。

世界には、たくさんのいろがあります。派手なくれないも、しずかなみどりも、あわい水いろも。

そのどれが上で、どれが下、なんてことは、ありません。

ぜんぶ、ちがう。だから、うつくしい。

あなたのいろが、もし、いまは地味に見えても。それは、世界に一本しかない、あなただけのいろなんです。

そしてふしぎなことに、自分のいろをきらわなくなると、まわりの人のいろも、すっと、まぶしくなくなります。

あの人はあの人のくれない。ぼくはぼくのみどり。

そう思えたとき、比べることが、すこしずつ、どうでもよくなっていく。

今日できる、小さな一歩。

月曜の今日、3分だけ、こんなことをしてみませんか。

①きょう一日のどこかで、「あの人みたいにならなきゃ」と思った瞬間を、ひとつ思い出す。

②その「あの人」を、いったん、そっと横に置く。

③そして、こころのなかで、ひとことだけ、つぶやいてみてください。「ぼくは、やなぎでいい。あの人は、はな。それでいい」と。

たったそれだけ。

でも、その小さなつぶやきが、塗り重ねた色を、ひとつ落としてくれます。

あなたが、あなたのいろにもどる、はじめの一歩になります。

やなぎはみどり、はなはくれない。あなたは、あなたのままで。

焦らず、比べず、背伸びせず。今日もまた、自分のいろで、トコトコ歩いていきましょうね。

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