5月の終わりに、がんばったあなたを、ただねぎらいたい

5月も、もうすぐ終わります。

ゴールデンウィークがあって。連休明けの、あの重たい朝があって。五月病みたいな、どんよりした時期もあって。

気がつけば、いろんなことがあったひと月を、あなたは、ちゃんと、歩いてきました。

そんなあなたへ。きょうは、なにかを教えるとか、アドバイスするとかではなくて。

ただ、あなたを、ねぎらいたいんです。

がんばり屋さんなあなたは、たぶん、月末になると、こう考えてしまうんじゃないでしょうか。

「今月、結局、なにができたんだろう」「あれも中途半端、これもやり残し」「来月こそ、ちゃんとしなきゃ」

月の終わりを、いつのまにか、「できなかったこと」を数える日に、してしまう。

自分への、小さなダメ出しの時間に、してしまう。

その気持ち、ぼくにも、痛いほど、よくわかります。

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、自分をねぎらう、ということが、まったくできませんでした。

どれだけがんばっても、「まだ足りない」。なにを達成しても、「これくらい、できて当然」。

自分のことだけは、ぜったいに、ほめてあげなかった。

走りつづけることだけが、価値があることだと信じて。立ち止まって、自分をいたわるなんて、なまけることだと思っていました。

でも、ねぎらいを忘れて走りつづけた先にあったのは、ゆたかさではありませんでした。

ガソリンを補給せずに、走りつづけた車のように。ぼくのこころは、あるとき、ぷつんと、動かなくなりました。

人と会うのもこわくなって、部屋から出られなくなった時期がありました。

あのとき、ぼくに本当に必要だったのは、もっとがんばる気合いではなくて。

「よくここまで、がんばったね」という、自分への、たったひとことのねぎらいだったんです。

評価と、ねぎらいは、ちがう。

ぼくたちは、つい、自分を「評価」しようとします。

何点だったか。うまくいったか、いかなかったか。人より、できたか、できなかったか。

でも、評価というのは、いつも、結果を見るものです。そして、結果を見はじめると、たいてい、足りないところばかりが、目につく。

しかも、ぼくたちは、人にはやさしくできるのに、自分にだけは、やたらと点数が辛い。他人なら「よくやったね」と言えることでも、自分には「まだまだ」と言ってしまう。

一方で、「ねぎらい」は、結果を見ません。

うまくいっても、いかなくても。できても、できなくても。

「とにかく、あなたは、今日まで、歩いてきたね」そこを、ただ、認める。

評価は、できたかどうかを問う。ねぎらいは、歩いてきたことそのものを、抱きしめる。

5月の終わりに、あなたに必要なのは、きびしい評価では、ないと思うんです。

あたたかい、ねぎらいのほうです。

ぼくが大切にしている「つみへらし」という生き方は、こんなときにも、効いてきます。

「あれもできなかった、これもできなかった」と、足りないものを数えあげるのを、いったん、やめる。

そのかわりに、「でも、今月も、ちゃんと生きのびた」と、いちばん大きな一点を、認める。

足りないものを数えるのを手放すと、こころに、すっと、あたたかい余白がもどってきます。

それに、ねぎらいというのは、なまけ心とは、ちがいます。

ねぎらってあげたほうが、ふしぎと、また、すこし歩こうという気持ちが、戻ってくる。

自分にムチを打って走らせるより。「よくやったね」と、肩をぽんと叩いてあげたほうが、人は、ずっと、遠くまで歩けるんです。

それは、ぼく自身が、いちばん、身をもって学んだことでした。

それから、ねぎらいというのは、だれかにしてもらうのを、待たなくていいものです。

「がんばったね」と、だれかに言ってもらえたら、もちろん、うれしい。でも、いつも、だれかが気づいて、声をかけてくれるとは、かぎりません。

だったら、あなたが、あなたの、いちばんの理解者になればいい。

あなたのこの一ヶ月を、いちばん近くで見ていたのは、ほかでもない、あなた自身なんですから。

その、いちばんよく知っている人が、いちばんやさしく、ねぎらってあげる。それで、じゅうぶんなんです。

今日できる、小さな一歩。

5月の終わりの今日、3分だけ、こんなことをしてみませんか。

①紙を一枚、用意する。スマホのメモでもかまいません。

②この5月、自分が「がんばったこと」を、ちいさなことでいいので、3つ書き出す。「連休明け、ちゃんと出社した」「しんどい日も、ごはんを食べた」「だれかに、やさしくできた」どんなに、ちいさくても、いいんです。

③書き出したものを、ゆっくり読みかえして、最後に、こころのなかで、つぶやいてください。「うん、よくがんばったね。おつかれさま」と。

たったそれだけです。

できなかったことを数えるのは、来月でも、いつでもできます。でも、5月の終わりの今日くらいは。

がんばったあなたを、あなた自身が、いちばんに、ねぎらってあげてほしいんです。

だれにほめられなくても、いい。あなたが、あなたを、ねぎらえたら、それで、じゅうぶんです。

5月、ほんとうに、おつかれさまでした。

焦らず、比べず、背伸びせず。来月もまた、自分のペースで、トコトコ歩いていきましょうね。

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