「ちゃんとやらなきゃ」が、口ぐせになっていませんか。
提出する前に、何度も何度も読み返して。「これで大丈夫かな」と、不安が消えなくて。人に頼むより、自分でやったほうが早いからと、抱え込んで。
まわりからは「しっかりしてるね」と言われるのに、こころのなかは、いつも、ピンと張りつめている。
がんばれちゃう。でも、ほんとうは、もう、くたくた。
そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。
100点じゃないと、こわかった
正直に打ち明けると、かつてのぼくは、完璧主義の、いちばん苦しいところで生きていました。
起業して、走っていたころ。ぜんぶを、100点でやらなきゃ気がすまなかった。資料も、対応も、人づきあいも。
90点では、ダメな気がしていました。むしろ90点は、「10点ぶん、失敗した」ことだと思っていた。
完璧主義というのは、不思議なもので、できたことには、目がいかないんです。できなかった「あと少し」のところばかりが、大きく見える。
100点を取っても、ほっとするのはつかのま。すぐに、次の100点に追われる。減点法のものさしで、自分をずっと採点しつづける。
そんな採点を、何年も続けたら、こころは、もちません。ぼくは最後、ボキッと折れて、部屋に引きこもりました。
完璧を目指していたはずなのに、いちばん、自分をこわしていたんです。
完璧主義の奥にいる、おびえた自分
なぜ、そんなに完璧でいようとしていたのか。
あとからふり返って、わかったことがあります。
完璧でいたかったのは、立派になりたかったからじゃ、ありませんでした。
「ちゃんとしていないと、見捨てられる」。「失敗したら、価値がなくなる」。
そういう、ふるい、ちいさな、おびえが、奥のほうにいたんです。
完璧主義は、向上心の顔をしていますが、その正体は、しばしば、おそれです。よく見せたいんじゃなくて、嫌われたくない。すごいねと言われたいんじゃなくて、ダメだねと言われるのが、こわい。
だから、完璧主義をゆるめるというのは、「だらしなくなる」こととは、まったく違います。おびえた自分に、「そんなにがんばらなくても、見捨てたりしないよ」と、声をかけてあげることなんです。
七、八割で、ちょうどいい
禅の世界には、「上手であろうとしない」という美しさがあります。
茶碗でも、お庭でも。寸分の狂いもない完璧なものより、ほんの少しの「ゆらぎ」や「余白」があるもののほうを、よしとする。
つくりこみすぎない。余白を、残す。
完璧主義をゆるめるというのは、たぶん、これに近いんです。
10割を目指して、こころをすり減らすより。7割、8割で、そっと手を止める。残りの2割、3割は、「余白」として、わざと残しておく。
つみへらし——「ちゃんと」を、ほんの少し、減らす。足りないくらいで、ちょうどいい。余白のあるあなたのほうが、人は、ずっと近づきやすいんです。
100点の人は、すごいけれど、すこし、こわい。ときどき抜けている人のほうが、なぜか、安心して隣にいられる。そうじゃ、ありませんか。
それに、すきまのない人のそばにいると、こちらまで、気を張ってしまうものです。逆に、ちょっと抜けている人のそばでは、「ああ、自分も、ちゃんとしてなくていいんだ」と、ほっとできる。あなたが7割で出した、その余白が、まわりの人の肩の力まで、そっと抜いてあげているのかもしれません。
今日できる、小さな一歩
「完璧主義をやめよう」と思っても、それ自体を完璧にやろうとして、また苦しくなる。だから、もっと小さくて、軽いことを、ひとつ。
① 今日やることの中で、「これは7割でいい」と決めるものを、ひとつだけ選ぶ。ぜんぶをゆるめなくていい。たったひとつでいいんです。
② そのひとつを、あえて、見直さずに、出してみる。読み返したくなる手を、そっと止める。「これでいったん、よし」と、声に出してみる。
③ もし不安になったら、こうつぶやく。「7割で出せたわたし、けっこう、勇気がある」。できなかったことではなく、ゆるめられたことを、ほめてあげてください。
たったこれだけです。
うまくゆるめられなくても、だいじょうぶ。「ゆるめたいな」と思えた、その気持ちが、もう、やさしさの芽ですから。
がんばってきた、その手を、ねぎらって
完璧を追いかけて折れたあのころのぼくに、もし声をかけられるなら、こう言いたいんです。
そんなに、ぜんぶ100点じゃなくていいよ。あなたは、もう、じゅうぶんがんばっている。できなかったことより、できたことのほうが、ずっと多いよ、と。
だから、もしあなたが今日、「ちゃんとできなかった」と自分を責めそうになっていても。
その「ちゃんとやろう」とした気持ちごと、まず、ねぎらってあげてください。あなたは、手を抜いてきたんじゃない。むしろ、抱えすぎてきたんです。
焦らず、比べず、背伸びせず。7割の今日を、それでよし、と抱きしめていきましょうね。
きっと、だいじょうぶ。余白のあるあなたのほうが、ずっと、愛されますから。
