何もしない一日を、自分に許してみる

「今日は、何もできなかった」。

日曜の夜、そんなふうに、自分にがっかりすること、ありませんか。

せっかくの休みなのに、横になっているうちに、夕方になっていて。洗濯も、掃除も、あれもこれも、できなかった。休んだはずなのに、休めた気がしなくて、なぜか、つかれが残っている。

「ちゃんと休まなきゃ」とすら、思ってしまう。休むことまで、やるべきことになっている。

そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

休むことに、罪悪感があった

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、「何もしない」が、いちばん苦手でした。

起業して、走っていたころ。予定のない時間が、こわかったんです。何もしていないと、置いていかれる気がして。止まった瞬間に、自分の価値が、ゼロになる気がして。

だから、休みの日も、何かしていないと落ち着かなかった。からだは横になっていても、頭のなかは、ずっと走りつづけている。

それは、休んでいるようで、いちばん、こころを休めていない状態でした。

そうやって、止まることを自分に許せないまま走りつづけて、ぼくは最後、ボキッと折れました。皮肉なことに、いちばん長く「何もできない」時間を過ごしたのは、引きこもっていた、あのころでした。

走れなくなって、はじめて、休むことを、いやというほど学んだんです。

何もしないは、サボりじゃない

あのころ、わかったことがあります。

「何もしない」は、サボりでも、後退でも、ありません。

田んぼにも、休ませる時期があります。弓も、引きっぱなしでは、いつか、弦が切れます。ずっと張りつめているものは、強いんじゃなくて、もろいんです。

ぼくたちのこころとからだも、おなじでした。休みなく動かしつづけたら、しなやかさを失って、ある日、ポキッと折れてしまう。

何もしない時間は、ムダな時間じゃなくて。次に動くための、力をためる時間。こころの土に、しずかに水をやる時間なんです。

「がんばらない」も、りっぱな修行のひとつ。そして、がんばり屋さんのあなたには、それがいちばん、むずかしいのかもしれません。

何もしないを、ちゃんとやる

おもしろいのは、ただだらだら過ごすのと、「よし、今日は何もしないぞ」と決めて休むのとでは、こころへの効きかたが、まるで違うことです。

罪悪感を抱えながらだらだらするのは、休んでいるようで、ずっと自分を責めている状態。でも、「今日は、堂々と休む」と決めてしまえば、おなじ寝転がりが、ごほうびに変わります。

つみへらし——「やるべきこと」を、思いきって、ぜんぶ手放してみる。それは、自分に「あなたは、何もしなくても、価値がある」と伝えてあげることでもあるんです。

がんばり屋さんのこころには、いつのまにか、「役に立っていないと、ここにいてはいけない」という、ちいさな思いこみが、住みついていることがあります。だから、何もしない日が、こわい。動いていないと、自分の居場所が、なくなる気がしてしまう。

でも、考えてみてください。よく晴れた日に、ただ気持ちよさそうに寝ているねこを見て、「役に立っていないから、価値がない」なんて、思いますか。思いませんよね。ただ、そこにいるだけで、かわいくて、いとおしい。

あなたも、おなじなんです。何かをしているから価値があるんじゃなくて、ただ、ここにいるだけで、もう、じゅうぶんなんです。

今日できる、小さな一歩

「ちゃんと休もう」とがんばると、休むことが、また仕事になってしまいます。だから、もっとゆるくて、軽いことを、ひとつ。

① まず、声に出して、自分にこう言ってみる。「今日は、何もしなくて、いい」。許可を、自分から、自分に出してあげる。

② そのうえで、5分だけ、ほんとうに何もしない時間をつくる。スマホも置いて、ただ、横になる。天井をながめる。呼吸を、感じる。「何かしなきゃ」が浮かんできたら、「あとでね」と、そっと横に置く。

③ 夜、こうふり返る。「今日は、ちゃんと休めた。それが、今日のいちばんの仕事だった」。何もしなかった一日を、減点ではなく、満点にしてあげてください。

たったこれだけです。

うまく休めなくても、だいじょうぶ。「休もうとした」だけで、あなたは、自分を大切にしはじめていますから。

止まることも、生きること

止まれずに折れたあのころのぼくに、もし声をかけられるなら、こう言いたいんです。

そんなに走らなくていいよ。止まることは、負けじゃない。止まれる人だけが、また、ちゃんと走り出せるんだから、と。

だから、もしあなたが今日、何もできなかったと、自分を責めそうになっていても。

それは、できなかったんじゃなくて。あなたのこころとからだが、「すこし、休ませて」と、サインを出してくれたんです。

焦らず、比べず、走りつづけず。何もしない今日を、それでよし、と抱きしめていきましょうね。

きっと、だいじょうぶ。ちゃんと休めた人から、またあした、やさしく歩き出せますから。

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