頭のなかに、きびしい人が、住んでいませんか。
何か失敗すると、すかさず「ほら、やっぱりダメだ」と言ってくる。うまくいっても、「たまたまだよ、調子に乗るな」と水をさす。夜になると、過去の失敗を持ち出して、「あのとき、どうしてああしたんだ」と、責めはじめる。
そのきびしい声に、あなたは、毎日、すり減らされていませんか。
そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。
きょうは、その「責める声」と、すこし距離をとるための、こころの練習を、お話しさせてください。
ぼくの頭にも、きびしい人がいた
正直に打ち明けると、かつてのぼくの頭のなかには、ものすごく口のわるい監督が、住んでいました。
起業して走っていたころ。何をしても、その監督は満足しませんでした。うまくいけば「まだ足りない」、失敗すれば「それみたことか」。
ぼくは、その声を、「自分の本心」だと思いこんでいました。だから、その声に言われるまま、自分を追いつめて、追いつめて。
責める声の言うことを、全部、真に受けていたんです。
そうやって、自分で自分を毎日殴りつづけて、ぼくは最後、ボキッと折れました。引きこもっていたあいだも、その監督の声だけは、休まず、ぼくを責めつづけていました。
声は、あなた自身じゃない
回復の途中で、すこしずつ、わかってきたことがあります。
その責める声は、「あなたの真実」では、ないということです。
それは、過去のどこかで、あなたが取りこんだ、だれかの声。きびしかった親や、先生や、世間の「ふつう」の声が、いつのまにか、あなたの頭のなかに引っ越してきて、住みついているだけ。
声は、あなたの一部かもしれませんが、あなたの全部では、ありません。
だから、たいせつなのは、その声と「戦う」ことでは、ないんです。「責めるな」と言い返すと、声は、もっと大きくなる。
そうではなくて、すこし、距離をとる。責める声を、自分とは別の、ひとりの「声」として、ながめてみる。
これは、認知行動療法でいう「脱フュージョン」という考え方にも、近いものです。声と自分が、ぴったりくっついている状態から、すこし、すきまをつくってあげる。
たとえば、ラジオから流れてくる悪口に、いちいち本気で言い返す人は、いませんよね。「ああ、また流れてるな」と、聞き流せる。責める声も、それと、おなじにしてあげればいいんです。声は、勝手に流れてくる。でも、その音量をどれくらいにするか、どれくらい本気で受け取るかは、こちらで、すこしだけ、選べるんです。
今ここに、戻ってくる
責める声は、たいてい、「過去」か「未来」にいます。
「あのとき、ああすればよかった」という、過去の後悔。「このままだと、ダメになる」という、未来の不安。
声が大きくなるのは、こころが、今ここから離れて、過去や未来に、引きずられているときなんです。
禅が、ずっと言ってきたのは、「今、ここ」に還ること。
足の裏が、床に触れている感覚。吸って、吐いている、いまの呼吸。窓の外の、雨の音。
そういう「今ここ」の感覚に、こころを戻してあげると、過去や未来からやってくる責める声は、すこし、遠ざかります。
つみへらし——責める声と、ぴったり一体化するのを、そっと手放す。声を消そうとしなくていい。ただ、すこし、離れて聞けばいいんです。
今日できる、小さな一歩
責める声が聞こえてきたときの、3つのステップを、ひとつのワークとしてお渡しします。
① まず、責める声に気づいたら、こう、心のなかで言ってみる。「あ、いま、責める声がきたな」。声に飲みこまれるのではなく、「声が、来た」と、実況してあげる。それだけで、声と自分のあいだに、すきまが生まれます。
② つぎに、その声に、名前をつけてみる。「またきたね、ダメ出し監督」。ちょっとユーモアを混ぜて、キャラクターにしてしまう。深刻なものを、すこし、軽くしてあげる。
③ 最後に、足の裏に、意識を向ける。床に触れている、その感覚を、十秒だけ感じる。過去でも未来でもない、「今ここ」に、そっと、戻ってくる。
たったこれだけです。
うまく距離がとれなくても、だいじょうぶ。「あ、責められてるな」と気づけたなら、もう、声と少し、離れられていますから。
きびしい監督に、もう、従わなくていい
あの口のわるい監督に従いつづけて折れたぼくに、もし声をかけられるなら、こう言いたいんです。
その声は、ほんとうのきみじゃないよ。そんなにきびしくしなくても、きみは、もう、じゅうぶんやっているよ、と。
だから、もしあなたが今日、頭のなかのきびしい声に、すり減らされそうになっていても。
その声を、「自分」だと思いこまなくて、だいじょうぶ。それは、あなたのなかに住みついた、ふるい声にすぎませんから。
焦らず、比べず、自分を責めず。今ここに、何度でも、そっと還ってきましょうね。
きっと、だいじょうぶ。あなたを、いちばん優しく扱っていい人は、ほかでもない、あなた自身ですから。
