足りないを手放して、足るを知る

「もっと、あったらいいのに」。

そう思いながら、毎日を過ごしていませんか。

もっと、お金があれば。もっと、余裕があれば。もっと、あれもこれも手に入れば、安心できるのに。

そうやって、いつも、いまの自分には「足りない」ところばかりが、目についてしまう。

手に入れても、つかのま。すぐにまた、次の「足りない」が、顔を出す。

そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

きょうは、お金とこころの話を、ひとつの禅語を入り口に、お話しさせてください。

『吾唯足知』(われ ただ たるを しる)。

京都・龍安寺(りょうあんじ)のつくばい(手水鉢)に刻まれている、有名な言葉です。

「足るを知る者は、富む」。いま、すでにあるもので、満ち足りていると気づける人こそ、ほんとうに豊かなのだ、という教えです。

「もっと」に、追われていた

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、「足るを知る」の、まるで正反対で生きていました。

起業して、走っていたころ。ぼくの口ぐせは、いつも「もっと」でした。もっと売上を、もっと評価を、もっと、もっと。

手に入れた瞬間は、たしかに、うれしい。でも、その喜びは、おどろくほど短くて。すぐに、それが「当たり前」になって、また次の「足りない」を、探しはじめる。

ぼくは、ゴールのない坂道を、息を切らして、ずっと登りつづけていました。どれだけ手に入れても、こころは、ちっとも満たされない。「足りない」という穴は、何を入れても、埋まらなかったんです。

その渇きを、お酒や刺激で、紛らわそうとして。最後は、ボキッと折れて、部屋に引きこもりました。

足りない穴は、お金では埋まらない

引きこもって、何もかも失ったように感じていた、あのころ。

ふしぎなことに、あれだけ「足りない」と渇いていたこころが、すこしずつ、しずまっていきました。

持ち物が減って、暮らしが小さくなって、はじめて見えたものが、あったんです。

あたたかいごはんが、食べられること。雨をしのげる、屋根があること。こんなぼくでも、心配してくれる人が、いること。

「もっと」を追いかけていたときには、まったく見えていなかった、足もとの「ある」もの。

そのとき、わかりました。ぼくの「足りない」は、お金やモノの問題じゃ、なかったんです。

それは、「いま、あるもの」に、目を向けられていない、こころの問題でした。

どれだけ稼いでも、「もっと」のものさしを持っているかぎり、人は永遠に「足りない」。逆に、おなじ持ち物でも、「足るを知る」ものさしに持ちかえた瞬間、ふっと、満ち足りる。

足りないか、足りているか。それを決めていたのは、財布の中身ではなくて、こころのものさしのほうだったんです。

「ない」ではなく「ある」に、目を向ける

「足るを知る」は、「これ以上、望むな」「がまんしろ」という、あきらめの教えでは、ありません。

向上心を、捨てる必要はないんです。ただ、「ない」ものを数えるクセを、すこし、「ある」ものを数えるほうへ、向けかえる。

つみへらし——「もっと」という渇きを、そっと手放す。すると、おなじ暮らしが、ふいに、ゆたかに見えてきます。

足し算で得られるのは、つかのまの高揚。引き算で得られるのは、しずかな、満ち足り。そのふたつは、似ているようで、ぜんぜん違うものなんです。

今日できる、小さな一歩

「足るを知ろう」と思っても、こころは、すぐには変わりません。だから、こころではなく、目を、動かしてみる。3分のワークを、ひとつ。

① 今日一日のなかで、「すでに、あったもの」を、3つだけ、書き出してみる。大きなことでなくていい。あたたかい飲みもの。空の青さ。だれかの「ありがとう」。ふだん、通りすぎていた「ある」を、わざわざ、すくいあげる。

② 書いたものを、声に出して、こう読んでみる。「これも、ある。これも、ある」。「足りない」と数えていた口で、こんどは「ある」を、数えてみる。

③ 最後に、ひとつだけ、つぶやく。「いまの、これで、けっこう足りている」。うそでもいい。口にしてみると、こころが、すこし、それに近づいていきますから。

たったこれだけです。

うまく満たされなくても、だいじょうぶ。「ある」をひとつでも見つけられたなら、もう、ゆたかさの入り口に立っていますから。

足もとに、もう、あるもの

「もっと」に追われて折れたあのころのぼくに、もし声をかけられるなら、こう言いたいんです。

そんなに、遠くばかり見なくていいよ。きみが探しているゆたかさは、足もとに、もう、ちゃんとあるよ、と。

だから、もしあなたが今日、「足りない」という気持ちに、苦しくなっていても。

それは、あなたが欲ばりだからでも、感謝が足りないからでも、ありません。ただ、目が、「ない」ほうばかりを、向いていただけ。

目の向きは、今日から、すこしずつ、変えていけます。

焦らず、比べず、もっとを求めすぎず。いま、ここに「ある」ものを、ひとつずつ、数えていきましょうね。

きっと、だいじょうぶ。ゆたかさは、増やすものではなくて、気づくものですから。

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