あんなにがんばったのに。どうして、報われないんだろう。
夜、ふとんのなかで、そんなふうに天井を見つめたこと、ありませんか。
努力は、した。手も、抜かなかった。それなのに、結果はついてこない。むしろ、空回りしているような気さえして。
そんな自分に、また少し、うんざりしてしまう。
そんなあなたへ。だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。
きょうは、そんな夜にこそ、そっと思い出したい禅語をひとつ、お渡しさせてください。
結果は、追いかけるものじゃない
『結果自然成』(けっかじねんになる)。「結果は、自然に成る」という、禅の教えです。
達磨大師(だるまだいし)の言葉として伝わっていて、正しい因(たね)を、ていねいにまいていれば、結果は、あとから自然についてくる。そういう意味だと、ぼくは受け取っています。
ここで大事なのは、順番です。
ぼくたちは、つい、結果を先に見てしまう。「成功するために、がんばる」「報われるために、努力する」結果を手に入れるための手段として、今日という一日を使ってしまう。
でも、この禅語が言っているのは、逆なんです。今日まく一粒の種を、ただ、ていねいにまく。それだけに、こころを向ける。花が咲くかどうかは、土と、季節と、天にまかせる。
がんばりが、自分を責める刃になるとき
正直に打ち明けると、かつてのぼくは、この言葉の正反対で生きていました。
結果が、すべてでした。数字が伸びれば、自分には価値がある。伸びなければ、自分はダメな人間だ。そうやって、毎日、自分に点数をつけていました。
起業して、走って、走って。うまくいかないと、もっとがんばらなきゃ、と自分を追い込んで。気づけば、お酒や刺激に逃げて、最後は部屋に引きこもりました。
あのころのぼくにとって、がんばりは、いつのまにか「自分を責める刃」に変わっていました。報われないたびに、その刃で、自分をザクザク刺していたんです。
「これだけやったのに、報われない自分はダメだ」って。
でも、ほんとうは。報われなかったのは、ぼくがダメだったからじゃない。ただ、種をまいてから、花が咲くまでの「時間」を、待てなかっただけでした。
種をまいた手柄は、あなたのもの
考えてみてください。
農家の人は、種をまいたあと、毎日畑に行って「まだ芽が出ない、自分はダメだ」とは言いません。水をやって、雑草を抜いて、あとは、土と季節を信じて待ちます。
それは、なまけているのではありません。人にできることと、できないことを、ちゃんと分けているんです。
種をまくこと、水をやること——ここまでが、あなたの仕事。いつ、どんな花が咲くか——ここから先は、天の領域。
ぼくたちが苦しくなるのは、この境界線を、こえようとするときです。天の領域まで、自分の責任だと抱えこんで。咲かない花を見て、自分を責めてしまう。
でも、種をまいた手柄は、ちゃんとあなたのものです。たとえ今、花が見えなくても。あなたがまいた種は、土のなかで、ちゃんと息をしています。
「結果を手放す」は、あきらめることじゃない
ここで、ひとつだけ、言っておきたいことがあります。
『結果自然成』は、「結果なんてどうでもいい」と投げやりになることでは、ありません。がんばらなくていい、という話でも、ないんです。
そうではなくて。結果を、ぎゅっと握りしめていた手を、ほんの少しゆるめる。種をまくことに集中して、咲く時期は、こちらで決めない。それが、つみへらし——引き算の生き方なんだと思います。
不思議なもので、結果への執着を手放すと、目の前の「種まき」そのものが、すこし楽しくなってきたりします。力みが抜けて、かえって、いい種がまけたりするんです。
今日できる、小さな一歩
むずかしい修行は、いりません。報われない夜のための、3分くらいでできる小さなワークを、ひとつ。
① 今日、自分が「まいた種」を、ひとつだけ思い出す。結果が出たかどうかは、いったん横に置く。メールを一本送った。誰かにやさしくした。あきらめずに机に向かった。それで十分です。
② その種に、こころのなかで、こうつぶやく。「種は、まいた。あとは、まかせよう」。
③ 最後に、ふとんのなかで、ひとつ深呼吸。咲く時期は、自分が決めなくていい。その手放しを、息といっしょに、ふっと吐き出す。
たったこれだけです。
あなたの種は、ちゃんと息をしている
報われない、と感じる今日が。じつは、いちばん深く、種を土に埋めている時間なのかもしれません。
晴れた日ばかりを追いかけていたころのぼくは、いつも、こころが乾いていました。でも、いちばん深いところでぼくを育ててくれたのは、報われなかった、あの日々のほうでした。
だから、もしあなたが今日、報われなさに、こころが折れそうでも。だいじょうぶ。あなたがまいた種は、消えてなくなったりしません。
焦らず、比べず、咲く時期を急がせず。今日できる種まきを、ただ、ていねいに。結果は、自然に成ると信じて。
きっと、あとからふり返れば。「あの報われない日々が、いちばんいい種だった」と、思える日が来ますから。
