見栄のための出費を、そっと手放してみる

ある読者の方から、こんなお悩みをいただいた、と仮にして、お話しさせてください。きっと、似た気持ちの人が、たくさんいると思うから。

——お金を貯めたいのに、なぜか、出ていってしまう。よく考えると、自分のためというより、人にどう見られるかで、買っている気がします。見栄っぱりな自分が、すこし、いやになります。

そんなお悩みです。

胸が、チクッとした人。だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。

見栄の出費は、責めなくていい

まず、お伝えしたいことがあります。

人にどう見られるかで、お金を使ってしまう。それは、責められるようなことでは、まったくありません。

人によく思われたい、というのは、ごく自然な気持ちです。むしろ、人とのつながりを大切にしている、やさしい証拠でもあります。見栄をはってしまうのは、それだけ、まわりの目を、ていねいに気にしている人だから。

だから、まず、見栄っぱりな自分を、責めないでください。「いやだな」と思うその気持ちごと、いったん、そっと受けとめてあげてほしいんです。

その買い物は、誰のため

そのうえで、ひとつだけ、問いかけてみたいことがあります。

その買い物は、ほんとうは、誰のためのものでしょうか。

自分が、心からほしくて買うもの。これは、いいんです。たとえ高くても、こころが満たされるなら、立派な、いいお金の使い方です。

問題は、「自分はそんなにほしくないのに、人の目のために買うもの」。持っていないと、見劣りする気がする。あの人が持っているから、自分も。SNSに、見せられるように。

そういう買い物をしたあとって、不思議と、こころが満たされないんですよね。お金は減ったのに、満足は残らない。むしろ、また次の「足りない」が、追いかけてくる。

それは、ほしいものを買ったんじゃなくて、「不安」を買ってしまっているからなのかもしれません。

ぼくが、見栄でお金を溶かしていたころ

正直に打ち明けると、かつてのぼくは、見栄のかたまりでした。

起業して、すこしうまくいきはじめたころ。ぼくは、「成功しているように見える」ことに、お金をどんどん使いました。いい時計、いい店、いい付き合い。ぜんぶ、「すごい人だと思われたい」ための出費でした。

でも、いくら買っても、こころは満たされませんでした。人によく見られるたびに、その「よく見られる自分」を、維持しなきゃいけなくなる。見栄は、はればはるほど、もっと大きな見栄が必要になる。底のない、バケツみたいでした。

そのうち、お金も、こころも、すり減って。お酒や刺激に逃げて、最後は部屋に引きこもりました。

引きこもって、誰の目も気にしなくなったとき、はじめて気づいたんです。ぼくが買い続けていたのは、モノじゃなくて、「すごいと思われたい不安」だったんだな、と。

足るを知る、という引き算

禅に『知足』(ちそく)という言葉があります。「足るを知る」。すでに、じゅうぶん足りている、と気づくことです。

見栄の出費は、「足りない」という気持ちから生まれます。今のままじゃ足りない、もっと持たないと、もっとよく見せないと。

でも、ほんとうは。あなたは、もう、じゅうぶん持っているのかもしれません。高いものを足さなくても、あなたの値打ちは、なにも変わらない。むしろ、人にどう見られるかを気にして、いつもピリピリしているほうが、こころは、ずっと貧しくなっていきます。

「足るを知る」というのは、がまんして、ほしいものをあきらめることではありません。今、自分の手のなかにあるものを、ちゃんと「ある」と数えなおすことです。ないものを追いかける目を、すでにあるものへ、そっと向けかえる。それだけのことなんです。

つみへらしは、足すより、手放す。見栄の出費を、ひとつ手放すというのは、「人にどう見られるか」という重たい荷物を、ひとつ降ろすことでもあるんです。

今日できる、小さな一歩

がまんや、節約の根性論では、ありません。3分くらいでできる、お金のワークを、ひとつ。

① 最近の買い物を、いくつか思い出してみる。レシートでも、買い物アプリの履歴でもいい。

② そのひとつひとつに、こころのなかで問いかける。「これは、自分のため。それとも、人の目のため」。責めずに、ただ、仕分けるだけです。

③ 「人の目のため」が見つかったら、そっと、こうつぶやく。「次は、ひとつ、手放してみよう」。今すぐぜんぶやめなくていい。次の一回を、ためらってみるだけで、じゅうぶんです。

満たされる買い物は、静かです

ほんとうに自分を満たしてくれる買い物は、たいてい、静かです。

人に見せびらかしたくなる、というより。ひとりで、しずかに、にんまりできる。あぁ、これを買ってよかったな、と、こころの内側があたたかくなる。

そういうお金の使い方が、ひとつでも増えていくと。「足りない」の追いかけっこから、すこしずつ、降りていけます。

焦らず、比べず、人の目に合わせて背伸びせず。自分が、ほんとうに満たされるものだけを、そっと選んで。お金とも、こころとも、いい距離で付き合っていきましょうね。

だいじょうぶ。あなたは、高いものを足さなくても、もう、じゅうぶん値打ちのある人ですから。

Share

X Facebook LINE

お金

月末は、お金より気持ちを整える。数字をひらく前の、ひと呼吸の話

月末が近づくと、通帳や家計簿アプリをひらくのが、少しこわくなりませんか? 数字をみて、ズーンと落ち込む。 「今月も使いすぎた」「なんでこんなに残っていないんだろう」と、じぶんを責めはじめる。

お金

足りないより、こわいのは「比べる」こと。〜お金の不安の、ほんとうの正体〜

通帳の残高そのものより、誰かのキラキラした投稿を見た瞬間に、胸がザワッとしたことはありませんか? ほんとうは今月もなんとかなっているのに、同世代の年収の話を聞いたとたん、急に自分が「足りていない」気がしてきたことは、あり…

お金

帰省の出費に、うしろめたくならない──お金に「名前」をつけるという小さな工夫

帰省のたびに、お財布とこころが、いっしょにすり減っていく気がすることはありませんか? 新幹線代に、手土産に、みんなでの外食に、子どもたちへのお小遣い。 気づけば、けっこうな金額になっていて。