梅雨のからだに、家のなかでできる小さな所作を

雨つづきで、もう何日も、まともに外に出ていない。

そんな日が、続いていませんか。

からだが、なんだか重たい。動かなきゃと思うのに、ソファから立ち上がれない。運動不足だなぁと、わかってはいる。でも、外は雨だし、ジムに行く元気もない。

そんな自分を、「だらしないな」と、責めていませんか。

そんなあなたへ。だいじょうぶ。あなただけじゃないですからね。

きょうは、梅雨どきのからだを、家のなかで、そっと整える話をします。

動けないのは、サボりじゃない

まず、ひとつだけ、お伝えさせてください。

雨の日にからだが重いのは、あなたが、なまけているからではありません。

低気圧が来ると、からだは、知らないうちに、お休みモードに切り替わります。だるい、眠い、やる気が出ない。それは、からだが「いまは、ゆっくりしていいよ」と、サインを出してくれている証拠なんです。

だから、動けない自分を責めるのは、すこし、お門ちがいかもしれません。

無理にジムへ行こうとか、激しく汗を流そうとか、そういう大きなことは、いったん、横に置いておきましょう。

きょう大事なのは、「整える」こと。鍛えることでも、追い込むことでも、ありません。

かつてのぼくは、からだの声を無視していた

かつてのぼくは、からだの声を、まったく聞いていませんでした。

起業して、走って、走って。疲れていても、「気合いで乗りきれ」と、自分にムチを打って。

からだが「もう休みたい」とサインを出しても、ぜんぶ無視して、コーヒーと刺激で、むりやり前へ進めていました。

その結果が、どうなったか。

こころとからだは、いっぺんに、ボキッと折れました。最後は、布団から出られなくなって、部屋に引きこもった時期もありました。

あのとき、ぼくは学んだんです。からだは、こころの土台なんだと。

土台がぐらぐらのまま、こころだけ前向きにしようとしても、ムリがある。まず、からだを、そっと整えてあげる。こころは、そのあとから、ゆっくりついてくる。

『行住坐臥』

少しむずかしい言葉ですが、ぼくがこの話をするとき、思い出す禅語があります。

『行住坐臥』(ぎょうじゅうざが)。

歩く、立ちどまる、すわる、横になる。その日々のなんでもない動作の、ひとつひとつが、すべて修行だ、という禅の教えです。

修行というと、お寺で座禅を組む、特別なことを思いうかべるかもしれません。でも、ちがうんです。

立ち上がるその一歩も、背すじを伸ばすその瞬間も、ぜんぶ、りっぱな修行。

つまり、ジムに行かなくても、激しく運動しなくても、いいんです。家のなかの、なんでもない動作を、ほんの少しだけ丁寧にする。それだけで、からだも、こころも、ちゃんと整っていく。

洗いものをするときの、手の動き。お茶をいれるときの、ひと呼吸。そういう、暮らしのなかの所作のひとつひとつに、すこしだけこころを置いてみる。それも、りっぱな、からだの手入れになります。

そう思うと、運動のハードルが、ぐっと下がりませんか。

今日できる、小さな一歩

むずかしいトレーニングは、いりません。きょう、家のなかでできる、3分の小さな所作を、ひとつ。

① 立ち上がって、両手を、ゆっくり天井へ伸ばす。かかとも、すこし上げて、からだじゅうを、う〜んと伸ばす。十秒だけ。

② 手を下ろしながら、息を、ふぅーっと、長く吐く。吐くほうを、すこし長めに。三回くりかえす。

③ 最後に、その場で、ゆっくり足ぶみを、二十回。テレビを見ながらでも、いいんです。

これだけで、止まっていた血の流れが、じわっと動きだします。からだの奥に、ぽっと、あたたかいものが戻ってくる。

うまくできなくても、だいじょうぶ。途中でやめても、いいんです。立ち上がっただけで、もう、きょうの修行は、はじまっていますから。

整えるは、自分にやさしくすること

雨の日のからだは、しずかに濡れて、力をたくわえている季節のからだです。

草木が、雨を吸って、夏に向けてぐんと伸びるように。ぼくたちのからだにも、立ちどまって、ためる時間が、きっと要るんです。

だから、追い込まなくて、いい。鍛えなくて、いい。

きょうは、ただ、すこし伸びをして、すこし呼吸して、すこし足ぶみする。そうやって、自分のからだに、「いつも、ありがとう」と、やさしく手を当ててあげる。

がんばり屋さんは、つい「もっとやらなきゃ」と、自分を急かしてしまいます。でも、からだは、急かされるほど、こわばっていくものなんです。ゆるめてあげると、ほどけていく。それは、こころも、おなじですね。

運動というと、つい「成果」を求めてしまいますが、梅雨どきの整えに、成果はいりません。何回できたか、何分続いたか、そんなことは、どうでもいいんです。ただ、自分のからだと、すこしのあいだ、いっしょにいてあげる。それだけで、もう、じゅうぶん。

それが、いちばん大事な、梅雨どきの運動です。

焦らず、比べず、追い込まず。きょうも、自分のからだのペースに合わせて、トコトコ歩いていきましょうね。

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