金曜の夜、仕事が終わってスマホを開いた瞬間。
気がつけば、カートに5,000円分のものが入っていた。
そんなこと、ありませんか?
「今週もがんばったから、これくらい」
「これでこころが満たされるなら、安いもの」
「明日からまた節約すればいい」
そんな自分への言い訳と、レジに進む指の速さ。
そして、翌朝に届く通知を見て、なぜか少しだけ落ち込む。
そんなあなたへ。
だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。
ぼくも、20代から30代の前半まで、ずっと金曜の夜の浪費グセに振り回されてきました。
事業がうまくいっていない時期ほど、なぜか財布がゆるくなる。
「ご褒美」と称して、本当は欲しくないものを買い続けて、
気がつくと、月末に通帳を見るのが怖くなる、というループ。
ある時期は、それがアディクションみたいになって、
クリックする瞬間だけ、息ができる気がしていました。
長い時間をかけて気づいたのは、こういうことです。
あの夜のぼくは、モノが欲しかったわけじゃなかった。
ただ、こころのどこかにぽっかり空いた穴を、いちばん速いやり方で塞ぎたかっただけ。
疲れていたんですね。ものすごく。
『日々是好日』(にちにちこれこうにち)。
良し悪しをジャッジしないで、その日その日をそのまま受けとる、という禅語です。
本当に良い一日を過ごしていたら、夜にカートを満杯にしなくても、こころは満ちている。
逆に、満たされない夜ほど、買い物のカートにこころが向かう。
つまり、ご褒美消費は、こころの天気予報みたいなものなんです。
責めなくていい。サインとして読めばいい。
今日の小さな一歩は、三秒だけの問いかけです。
カートに入れる前に、一度だけ自分に聞いてください。
「ぼく、いま、なにに疲れてる?」
それだけで十分。
答えが出なくてもいい。聞いてあげた、というその事実が、こころの穴を少しだけ埋めてくれます。
買うか買わないかは、そのあと決めればいい。
我慢する必要も、なにかを禁じる必要もありません。
ただ、自分のこころに、ひとこと声をかけてあげる金曜の夜。
それだけで、お金との関係は、ゆっくりと、たしかに変わっていきますからね。
焦らず、比べず、背伸びせず。
週末を、自分にやさしい時間にしていきましょう。
