『放下著』──手のひらをひらく日曜の夜に。

日曜の夜、お風呂を出たころに、ふっと胸の奥が重くなる感覚。

明日の月曜が、まだ何時間も先にあるのに、もう始まっているような気がする。

そんなあなたへ。

だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。

ぼくも長らく、日曜の夜は「先取りの月曜」を生きてきました。

明日のあの会議のこと。返さなきゃいけないあの連絡。やり残してしまったあの仕事。

頭の中だけ、もう来週に飛んでいって、目の前のお茶の味が、まったくしない。

その癖が積み重なって、ぼくは「いつも、ここにいない人」になっていきました。

家族の話を聞いていても、夕飯を食べていても、こころは別のところで予習と反省をくり返している。

そして気づいた頃には、こころも身体も、まったく休まないまま、月曜の朝を迎える。

それで、何年も何年も、ぼくは月曜の朝に「もう、しんどい」と思っていたんです。

当たり前ですよね。日曜の夜のうちに、月曜を二回生きていたわけですから。

『放下著』(ほうげじゃく)。

「手放してしまえ」という、強めの禅語です。

握りしめていたものを、いちどぜんぶ床に下ろしなさい、という意味。

来週のことも、来月のことも、来年のことも。

全部、いったん手のひらをひらいて、床に下ろしてしまっていい。

明日の朝になれば、また拾いたいものだけ、拾い直せばいい。

今日の小さな一歩は、たった三分の「手のひら開き」です。

お風呂上がりでも、寝る前のベッドの上でもいい。

仰向けになって、手のひらを天井に向けてひらきます。

そして、ひとつずつ、声に出さなくていいから、こう言ってみる。

「明日のあの会議。いったん、置きます」

「あの人への返信。いったん、置きます」

「やり残してしまったあれ。いったん、置きます」

ぜんぶ、手のひらをひらいた瞬間に、床に落としてあげる。

ふしぎなことに、ほんとうに大事なものは、明日の朝にもちゃんと残っています。

落としたまま戻ってこないものは、もともとそれほど重くなくてもよかったもの。

日曜の夜は、明日の準備をする時間じゃない。

今日のぼくを、ねぎらう時間。

焦らず、比べず、背伸びせず。

手のひらをひらいて、しずかに眠りましょうね。

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