「最近どう?」と聞かれて、つい「忙しくて」と答えてしまう。
そんなこと、ありませんか?
本当はそこまで忙しくない日もあるのに、なぜか「忙しい」と答えてしまう。
そして、その言葉を口にした瞬間、本当に自分が忙しい気がしてきて、
胸の奥が、ほんの少しだけ重くなる。
そんなあなたへ。
だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。
ぼくも長いあいだ、「忙しい」を口ぐせにして生きてきました。
言い訳としても便利だし、自分の価値を証明する切符のようでもあった。
「忙しい=必要とされている」と、頭のどこかで翻訳していたんですね。
でも、その癖を続けていると、ふしぎなことが起こります。
本当はゆったりしていい時間まで、「忙しいことにしないと落ち着かない」自分が、できあがるんです。
予定が空いている週末を見て、なぜか焦る。なにも入っていないカレンダーが、こころを締めつける。
そして、急いで誰かと会う約束を埋めて、また「忙しい」を口にする。
その先にあったのが、ぼくの引きこもりでした。
忙しさで自分の輪郭をなぞっていただけなのに、忙しさが消えた瞬間、
自分の形が、もうどこにも見つからなくなったんです。
『閑古錐』(かんこすい)。
角が削れて丸くなった古い錐(きり)のような人が、いちばん深く刺さる、という禅の見立てです。
鋭くて忙しく動きまわる人より、まあるくて閑(しず)かに在る人のほうが、世界に届くことがある。
今日の小さな一歩は、たったひとつの言い換え練習です。
今日一日、「忙しくて」と言いたくなった瞬間に、
ほんの少しだけ、別の言葉に置き換えてみてください。
「いま、いろいろ動いてます」
「ちょうど、整えているところです」
「ちょっと、考えごとの時間が長くて」
それだけで、ぼくたちの体感は、ふしぎなくらい変わります。
忙しいと言わない練習は、忙しくない人生を呼び込む練習。
予定が空いている時間は、罪じゃない。
むしろ、そこにこそ、ぼくたちの大事な何かが、ふっと顔を出すからね。
焦らず、比べず、背伸びせず。
週末を迎える前に、口ぐせをひとつだけ、置いていきましょうね。
