キッチンの引き出しを開ける。
洗面台の下の棚を開ける。
押入れのいちばん奥のケースを引き出す。
そこにある、「念のため」のストック。
電池、洗剤、シャンプー、調味料、文房具、紙袋。
気づいたら、ぼくたちはずいぶんたくさんの「予備の予備」と暮らしていませんか?
そんなあなたへ。
だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。
ぼくも長らく、「念のため」がたくさんあるほど、安心するタイプでした。
切らしてしまったときの困りごとを、未来のぼくに渡したくない。
セールで安かった日には、つい予備の予備まで買ってしまう。
気がついたら、引き出しが閉まらないほど、ぼくの安心はモノに置き換えられていたんです。
そして、それらのモノを抱えながら、ぼくのこころは、なぜかいつも落ち着かなかった。
不思議なことに、ストックが多くなるほど、足りないものが見えてくる。
さらに買い足しては、また落ち着かなくなる、というループ。
長くかかって気づいたのは、こういうことです。
ぼくが本当に求めていたのは、モノの安心ではなく、「自分ならどうにかできる」という、自分への信頼でした。
予備の予備は、そこを買い戻そうとした幻のお守りだったんですね。
『喜捨』(きしゃ)。
こころが喜んで、手放す、という古い言葉です。
我慢して捨てるのではなく、喜んで手放す。
手放すたびに、自分の手のひらの空きが、自分への信頼に変わる。
今日の小さな一歩は、引き出しのいちばん奥を、5分だけ覗くこと。
全部出さなくていい。整える時間も、いまはいらない。
ただ、いちばん奥に眠っている「予備の予備」を、ひとつだけ取り出してみてください。
それを、今日いちにちのうちに、使ってあげる。あるいは、必要としている人に渡す。あるいは、ありがとう、と言って手放す。
そのひとつが、引き出しの奥の景色を、まったく違うものに変えます。
そして、ぼくたちのこころも、ほんの少しだけ、自分への信頼を取り戻します。
予備の予備をたくさん持っていなくても、ぼくたちはなんとかなる。
切らしたら、その日、お店に行けばいい。
ない、ということは、不安ではなく、選び直せるということ。
焦らず、比べず、背伸びせず。
引き出しの奥に、自分への信頼を取り戻す水曜にしていきましょうね。
