通帳の数字を見るたびに、なんとなく不安。
保険のCMを見るたびに、こころが少しざわざわする。
老後のことを考えると、布団に入っても目が冴える。
そんな夜、ありませんか?
そんなあなたへ。
だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。
ぼくも長らく、「お金が貯まらない」と思っていました。
でも、よく自分のこころを覗いてみると、ぼくがほしかったのはお金そのものではなく、
「これでもうだいじょうぶ」という安心、だったんです。
具体的にいくらあったら安心なのか、と聞かれると答えられない。
500万あれば安心?1,000万あれば?3,000万あれば?1億あれば?
どれも、たぶん「安心」のラインには届かない気がする。
それは、ゴールが「お金の量」ではなく、「不安が消えた状態」だからです。
ぼくは、ある時期、本気で、お金が増えれば不安が消えると信じて、事業を回し続けたことがあります。
収入が上がっても、預金が増えても、不安は減らない。むしろ、守るものが増えて、もっと不安になる。
そして気づきました。お金で買えるのは「不安ゼロ」ではなく、「不安を見ない時間」だけなんだ、と。
『無一物中無尽蔵』(むいちもつちゅうむじんぞう)。
何もないように見えるところに、尽きないゆたかさがある、という禅の言葉です。
不安を完全に消すゴールは、たぶん、生きているあいだは来ない。
だからこそ、不安と上手に同居していく、という選択肢があります。
今日の小さな一歩は、紙に書く、たった一行です。
「ぼくが安心だと感じる暮らしは、どんな日々?」
ノートでも、スマホのメモでもいい。
お金の話じゃなく、日々の暮らしの解像度で書いてみてください。
たとえば。
朝、起きたい時間に起きられる。
食べたいものを、罪悪感なく食べられる。
週に一回、好きな人とお茶ができる。
夜、明日のことを考えずに眠れる。
お金がなくても、できる項目もあるはずです。
書き出した「安心の中身」を見ると、ぼくたちは思うほど大金を必要としていない、と気づくことがあります。
そして、いまの収入の使い方を、その安心リストにそって、少しずつ寄せていく。
それが、ぼくにとっての本当の貯金です。
焦らず、比べず、背伸びせず。
お金は、こころを守るための道具。主役は、いつもこころのほうですからね。
