休みなのに、罪悪感がある人へ。(海の日に)

7月20日、海の日。

カレンダーが赤くなっているのに、なぜか胸の奥には小さな後ろめたさ。

家でゴロゴロしているだけで「なにかしないと」と思ってしまう。

SNSで誰かが楽しそうに過ごしているのを見ると、こころがチクっとする。

休んでいるのに、休めていない。

そんな祝日を、何度も繰り返していませんか?

そんなあなたへ。

だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。

ぼくはずいぶん長いあいだ、「休むこと」と「サボること」の境目が分からない人間でした。

平日に休めなくて、休日に休もうとすると、平日に進まなかった仕事が頭をよぎる。

休みなのに作業をして、それで罪悪感は減るかというと、逆に「休めなかった自分」がさらに自分を責める。

休むことに、まったく才能のない大人、でした。

その癖は、引きこもりから少しずつ戻ってきた時期にも、しっかり残っていました。

体力的にはまだ無理ができない時期なのに、こころは「もう動かないと、まずい」と急かしてくる。

身体と相談しないで、こころのほうだけが、勝手に前を向いていたんですね。

長く時間をかけて気づいたのは、こういうことです。

休みに対して罪悪感が出るのは、ぼくが「結果でしか自分を許してこなかった」から。

何かを生み出した日だけが、生きていてよかった日。

何かを生み出さなかった日は、なんとなく後ろめたい日。

そんなふうに、毎日のぼくを採点していたんです。

『大死一番』(だいしいちばん)。

いちど、ぜんぶ死んだつもりになって、まっさらから生き直してみる、という禅の言葉です。

休む、というのは小さな「大死」のようなもの。

役割や肩書きや、結果を生み出す自分を、その日だけぜんぶ手放してみる。

今日の小さな一歩は、罪悪感が出てきた瞬間に、こう言葉を変えてみてください。

「休んでいてごめんね」を、

「ちゃんと休めていて、よかった」に。

たったそれだけ。

心の中でつぶやくだけでいい。

休めていることを、自分で自分にOKしてあげるんです。

休むことは、明日のあなたを元気にするための、大事な「仕事」。

休むも仕事。

休んでいる時間は、たしかに、未来の誰かを助けるための準備時間です。

焦らず、比べず、背伸びせず。

今日の海の日、ちゃんと、こころの海に浸かって過ごしましょうね。

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