夏休みが、もうすぐ。
スケジュール表のなかに、お盆の予定、家族の集まり、親戚づきあい、子どもを連れての帰省、いろんな線が引かれはじめる頃です。
そして、その線を眺めるたびに、なんとなくこころが重くなる人もいる。
楽しみのはずなのに、なぜか肩の力が抜けない。
そんなあなたへ。
だいじょうぶ、あなただけじゃないですからね。
ぼくも長らく、夏のはじまりは、こころが少しずつ重くなる季節でした。
仲が悪いわけじゃない、というか、むしろ大事に思っている人たちのほうで、
だからこそ、ちゃんと顔を合わせなきゃ、楽しまなきゃ、いい関係でいなきゃ、というプレッシャーが、勝手にこころのなかにふくらんでいく。
「大事に思っているからこそ、近寄りすぎるとしんどい」
これは、繊細ながんばり屋さんなら、ふつうにある感覚です。
ぼくはこの感覚を、長らく「冷たい人間だから」だと自分にラベリングしていました。
そして、ラベルを貼ったあとは、自分に罰を与えるみたいに、毎回しんどいレベルまで会いに行っていたのです。
引きこもりの時期、ぼくは家族とも親戚とも、ほとんど距離を取らざるをえなくなりました。
それまでぼくは「距離を取る」ことを、関係を壊すことだと思い込んでいた。
でも、ふしぎなことに、しっかり距離を取ったあとに、ぼくと家族の関係は前よりずいぶん柔らかくなったんです。
それは、近い人ほど、ちゃんと距離が必要なんだ、ということ。
血のつながりや、長い付き合いがあるからこそ、つねに近距離だと、こころが擦り切れる。
夏のはじまりの今は、その「適切な距離」を考えてみるのに、ぴったりのタイミングです。
『日々是好日』(にちにちこれこうにち)。
雨の日も、晴れの日も、その日をそのままに受け取る禅の在り方ですが、
それは、無理して全部の日を「会う日」にしない、ということでもあります。
会わない日も、ちゃんと「好日」。
今日の小さな一歩は、夏休みのスケジュール表を、もう一度開いてみることです。
そして、こころが少し重くなる予定の横に、小さく「もし行かなくてもいい予定だったら?」と書いてみてください。
全部断る必要はない。ただ、考えてみる。
そのうえで、行く予定はちゃんと行く。
ただ、滞在時間を少し短くする。前後に自分のリカバリー時間を必ず取る。
それだけで、夏休みのあと、ぐったり寝込まずに済む可能性がぐっと上がります。
距離は、嫌いになることじゃない。
むしろ、お互いを長く好きでいるための、しずかなやさしさですからね。
焦らず、比べず、背伸びせず。
夏のはじまりに、自分にとっての心地よい距離を、もう一度測りなおしていきましょう。
