7月が終わる前に、自分にひとつ「ありがとう」。

7月もあと数日。

ふり返ると、今月もまたあっという間に、いろんなことを通り抜けてきましたね。

そのなかで、誰かに「ありがとう」を伝えた数は、たぶん思い出せる。

でも、自分に「ありがとう」を伝えた数は、何回くらいあったでしょうか。

そんなあなたへ。

今日は、7月が終わる前に、自分にちいさな手紙を一通だけ書いてみませんか。

ぼくは長らく、自分に「ありがとう」を言うのが、いちばん下手な人間でした。

誰かに礼を尽くすのは得意。家族に感謝を伝えるのも、なんとかできる。

けれど、自分の胸の上に手を置いて「ぼく、今月もありがとう」と言うのは、なぜか恥ずかしくて、できなかった。

「これくらいで、ありがとうなんて言えない」

「もっと結果を出してからじゃないと」

「自分にありがとうなんて、甘えだ」

そんな思い込みが、口に出すのを止めていたんですね。

引きこもりの時期、ぼくは自分自身と、ようやく腰を据えて向き合うことになりました。

そして気づきました。

ぼくに「ありがとう」を、誰よりちゃんと伝えてあげる責任があるのは、ぼく自身だった、と。

他のすべての人が、いつかぼくのそばを離れたとしても、最後まで自分に残るのは、自分。

その自分に、月にたった一回でも、ねぎらいの言葉をかけられないようでは、ぼくはぼくと暮らしていけない。

『感謝合掌』(かんしゃがっしょう)。

これは禅というより、もっと広い祈りの言葉ですが、

両手を合わせるあのかたちは、自分のこころの中心に向かって、ちいさな感謝を流していく所作です。

今日の小さな一歩は、紙に三行だけ書くこと。

一行目に、7月、ぼくがいちばんよくがんばったこと。

二行目に、7月、ぼくがちゃんと逃げ出さなかったこと。

三行目に、7月、ぼくがそっと自分をいたわった瞬間。

すごいことじゃなくていい。

朝、ちゃんと起きた日があった。あの締切に間に合った。あの日、自分にチョコをひとつ買った。

書き終えたら、その紙の最後に、ひとことだけ。

「ぼく、7月もちゃんとここまで歩いてくれて、ありがとう」と。

声に出してもいい。出さなくてもいい。

誰にも見せなくていい。

ただ、自分に手紙を渡したという事実だけが、こころの底に温かい灯りを残します。

7月のあなたの一歩一歩は、誰かが見ていなくても、ちゃんとあなた自身が見ていますからね。

焦らず、比べず、背伸びせず。

来月のあなたの背中を、いま、自分の言葉で、そっと押してあげましょう。

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