『喫茶喫飯』──7月の最後に、一杯のお茶を。

7月31日、月末。

夏休みのはじまりと、お盆へ向かう束の間の準備期間。

今月の自分を、しずかに送り出す、最後の金曜日です。

予定が多くて、こころが追いつかなかった日もあったと思います。

天気に振り回されたり、人間関係でこころがざらついたり、お金の数字に小さく落ち込んだり。

そういう一つひとつを抱えて、ちゃんとここまで歩いてきてくれた、今月のあなたへ。

そんなあなたへ。

今日は、ぼくと一緒に、ほんの数分だけ、一杯のお茶のために時間をつくりませんか。

ぼくは長らく、お茶を「ながら」で飲む人でした。

パソコンの前でキーボードを叩きながら、スマホを見ながら、メールを返しながら。

ぼくの口にお茶が入っていることは知っているけれど、ぼくのこころは、お茶の味をひとつも感じていない。

そんな飲み方で、何百本のペットボトルを通り過ぎてきたことか。

引きこもりの時期、ぼくはひとつだけ、自分に課したルールがありました。

朝のお茶だけは、必ずちゃんと座って、何もしないで飲むこと。

最初は、なにもしないで座っているだけで、こころが落ち着かなくて、5分が長くてたまらなかった。

でも、続けるうちに、ぼくの中に、ふしぎな静けさが生まれてきたんです。

「ぼくのこころは、こんなにも、お茶の温度に救われていたんだ」

コップから立ちのぼる湯気を、目で追う時間。

舌のうえに、お茶の香りが広がる、ほんの数秒。

そういう、なんでもない瞬間に、ぼくの人生のいちばん大事なものが、たくさん詰まっていた。

『喫茶喫飯』(きっさきっぱん)。

お茶を喫し、ごはんを喫する。

ただ、それだけを、心からちゃんとする。

それが、いちばん深い禅の実践だ、と古人は教えてくれます。

今日の小さな一歩は、たった一杯のお茶を、何もしないで飲むことです。

スマホもテレビもパソコンも、5分だけ閉じてください。

座って、こころに「ありがとう、7月」と一言。

ゆっくり、お茶の湯気を眺めて、香りを吸って、ひとくち、味わう。

そのまま、最後の一滴まで、お茶と一緒に過ごす。

7月のすべてを、ねぎらうための、一杯のお茶。

来月の自分への、ちいさな贈り物としての、一杯のお茶。

ぼくたちは、なにかを成し遂げないと、ねぎらわれない人間ではありません。

ただ生きて、ここに座って、お茶を飲めている、それだけで、ぼくたちはじゅうぶん。

焦らず、比べず、背伸びせず。

8月もまた、自分のペースでトコトコ歩いていきましょうね。

7月を生き抜いた今日のあなたへ、こころから、ありがとうを。

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