どん底からでも、道はひらけた──何も生み出せなかったぼくが、いまここにいる理由

「もう、ぼくの人生は終わったのかもしれない」

そんなふうに思った夜が、あなたにもありませんか?

がんばってきたはずなのに、気がつけば何もかもうまくいかなくて。

人に会うのがこわくて。

あしたが来るのが、ただただ重たくて。

きょうは、ぼくがいまの仕事をしている理由を、すこしだけお話しさせてください。

うまく話せるか分かりませんが、たったひとりの誰かに届けばいいなと思って、書いてみますね。

◆どん底は「終わり」の場所ではなかった

先に、芯になる言葉をひとつ、置いておきます。

どん底は、人生が終わる場所ではなくて、ものさしが変わる場所でした。

すくなくとも、ぼくにとってはそうでした。

かつてのぼくは、起業して、走って、走って、走り続けていました。

成果を出さなきゃ。

認められなきゃ。

止まったら、価値がなくなる。

そうやって自分を追い立てているうちに、こころが先に悲鳴をあげました。

アディクションに沈み、やがて人に会えなくなり、引きこもるようになりました。

カーテンを閉めた部屋のなかで、ぼくは自分を責め続けていました。

こんなはずじゃなかった。

どこで間違えたんだろう。

もう、やり直せないんじゃないか。

グルグル、グルグル。

同じところを回るだけの日々でした。

◆何も生み出せない自分にも、いのちはあった

引きこもっていたころのぼくは、世間のものさしで言えば、何も生み出していませんでした。

働けない。

稼げない。

誰かの役にも立てない。

それでも、朝は来るし、おなかは空くし、いのちはちゃんと続いていく。

あたりまえのことなのに、ぼくにはそれが不思議で、すこしだけ救いでした。

「何かができるから、生きていていい」のではなくて。

「生きているから、生きていていい」。

順番が、逆だったんですね。

そのことに気づいてから、ぼくの再生は、ゆっくり、ほんとうにゆっくり始まりました。

朝、カーテンをすこし開けてみる。

外の空気を吸ってみる。

誰かとひとこと、言葉を交わしてみる。

誰にも自慢できないような、小さな一歩の積み重ねでした。

でもいま振り返ると、あの小ささこそが、ぼくの道だったのだと思います。

引きこもっていた時間は、むだじゃなかった。

いまなら、そう言えます。

あの時間があったから、動けない人の「動けなさ」が、他人事ではなくなりました。

弱さは、誰かに寄り添うための、いちばんの資格にもなるんですね。

◆だから、いまの仕事をしています

いまぼくは、障害のある人たちが働く場所に関わっています。

そこには、いろんな事情や、いろんなリズムを抱えた人たちがいます。

すいすい進める日もあれば、どうしても動けない日もある。

昨日できたことが、きょうはできないこともある。

その逆も、ある。

でも、そのどれもが「その人のいろ」なんです。

うまい・へた。

早い・遅い。

できる・できない。

そういうものさしの手前で、「その人がその人のままでいられるかどうか」を、いちばん大切にしたい。

どん底にいたころのぼくが、いちばん欲しかったのは、そういう場所だったからです。

「できないあなたはだめだ」ではなくて。

「そのままのあなたで、ここにいていいよ」と言ってくれる場所。

そこでは、何ができたかよりも、きょうここに居られたことのほうが、ずっと祝福されるのです。

ぼくはそれを、これからの人生をかけて、すこしずつ形にしていきたいと思っています。

大きなことは、できません。

でも、どん底を知っているぼくだからこそ置ける椅子が、きっとあると思うのです。

空いている椅子を、ひとつずつ増やしていくような、そんな仕事です。

◆いま、トンネルのなかにいるあなたへ

もしいまあなたが、暗いトンネルのなかにいるなら。

「早く抜け出さなきゃ」と焦らなくて、だいじょうぶですからね。

出口が見えないことと、出口がないことは、別のことです。

どん底には、どん底でしか見えない景色があります。

ぼくはあの場所で、いちばん大切なものさしを受け取りました。

それに、トンネルのなかで立ち止まっている時間も、あなたの道の一部です。

止まっているように見えて、外から見えない場所で、ちゃんと何かが育っていますから。

だから、これだけは言わせてください。

道は、ひらけます。

あなたのペースで。

あなたのタイミングで。

◆今日の小さな一歩

もしよかったら、今夜眠る前に、こうつぶやいてみてください。

「きょうも、生きた。それでじゅうぶん」

何かができた日も、できなかった日も、同じ言葉で。

それだけで、ほんとうにじゅうぶんです。

できたことを数える夜も、すてきです。

でも、できなかった日に「生きた」を数えられる人は、つよい。

いいえ、つよいというより、やわらかい。

折れないのは、硬い木ではなくて、しなる木のほうですから。

焦らず、比べず、背伸びせず。

どん底からでも、道はひらける。

ぼくがその、小さな証人になれますように。

(ぼくが関わっている活動は、ライフアートラボというところで紹介しています。気になった方は、そっとのぞいてみてください)

Share

X Facebook LINE

社会起業家

支援する・されるの線を、ぼくは引きたくない。——教わっているのは、たぶんぼくのほうです

人に頼るのが、どうしても苦手ではありませんか? 頼んだほうが早いとわかっているのに、けっきょく自分で抱えてしまう。 「だいじょうぶ?」と聞かれた瞬間に、反射で「だいじょうぶです」と答えてしまう。

社会起業家

週に2日でも、1日2時間でも。「はたらく」の量は、もっと自由でいいと思っています

「フルタイムで働けないなら、働かないほうがましだ」 そんなふうに、思ってしまったことはありませんか? 体調に波がある人。 家族のケアを抱えている人。 しばらく休んでいて、そろそろ戻ろうかと考えている人。

社会起業家

家で、さいごまで。——その願いのそばで、ぼくが教えてもらったこと

「あなたは、どこで過ごしたいですか」 そう聞かれて、すぐに答えが出てくる人は、そんなに多くないのかもしれません。 考えたことがないから、じゃないと思うんです。 考えると、ちょっとこわいから。