帰省の出費に、うしろめたくならない──お金に「名前」をつけるという小さな工夫

帰省のたびに、お財布とこころが、いっしょにすり減っていく気がすることはありませんか?

新幹線代に、手土産に、みんなでの外食に、子どもたちへのお小遣い。

気づけば、けっこうな金額になっていて。

「ああ、また使っちゃった」と、帰りの電車でため息をつく。

お盆を前に、そんなあなたへ。きょうはお金の話を、すこしだけ。

先に言っておくと、「節約しましょう」でも「気にせず使いましょう」でもありません。

うしろめたさと、どう付き合うか。その話です。

◆うしろめたさの正体

先に、芯になる言葉を置いておきますね。

お金は「いくら減ったか」ではなくて、「どこへめぐらせたか」で見る。

うしろめたさの正体は、浪費そのものではなくて、「使ったお金の意味が、自分のなかで言葉になっていないこと」だと、ぼくは思っています。

意味の分からない出費は、ただの「減った数字」に見えます。

でも、意味の見えた出費は、「めぐらせたお金」に変わります。

たとえば、同じ1万円でも。

「なんとなく消えた1万円」は、あとからじわじわ、こころを重くします。

でも「親の顔を見るために使った1万円」は、時間がたつほど、あたたかい記憶に変わっていく。

金額は同じでも、意味があるかどうかで、お金の残す景色は、ぜんぜん違うんですね。

◆通帳の残高が、自分の値段に見えていたころ

かつてのぼくは、どん底の時期に、お金がこわくてたまりませんでした。

通帳の残高が、そのまま自分の値段みたいに感じられて。

お金を使うたびに、自分がすり減っていくような気がして。

減るのがこわい。

こわいから、ちゃんと見られない。

見ないから、ますます不安になる。

そんな悪循環のなかにいました。

いま思えば、あのころのぼくは、お金そのものではなくて、「お金に映る自分の値打ち」におびえていたのだと思います。

残高が減ると、自分まで減る気がする。

だから、使うたびに、うしろめたかった。

もしあなたの「うしろめたさ」の奥にも、似たようなおびえがあるなら。

それは家計の問題ではなくて、こころの問題なのかもしれません。

そこからすこしずつ立ち直っていく途中で、気づいたことがあります。

お金は、握りしめているだけでは、ただの数字なんですね。

誰かのため、何かのために「めぐらせた」とき、はじめてお金は彩りに変わる。

帰省のお金は、まさにそれだと思うのです。

思えば、お金がこわかったころのぼくは、お金を「敵か味方か」でしか見ていませんでした。

減っていくときは敵。増えてくれるときは味方。

でも、お金はほんとうは、敵でも味方でもなくて、ただの「めぐるもの」。

川の水のように、とどめようとすると濁って、流してあげると澄んでいくものなのだと思います。

◆そのお金で、何を買えましたか?

新幹線代で買えたのは、移動ではなくて、親の元気な顔かもしれません。

手土産で買えたのは、お菓子ではなくて、「おかえり」のひとことかもしれません。

外食で買えたのは、料理ではなくて、家族が同じテーブルを囲む時間かもしれません。

そう考えると、帰省の出費は「消えたお金」ではなくて、「思い出にめぐったお金」なんですね。

値札のついていない、いちばんゆたかな買い物です。

それにね、あなたが手土産を選んでいるあいだ、きっと相手の顔を思い浮かべていたはずです。

「これ、好きかな」「喜んでくれるかな」って。

その時間ごと、もう贈り物なんですよ。

お金の向こう側には、いつも、ひとの顔があります。

◆無理は、しなくていい

とはいえ、です。

無理をしてまで帰りましょう、と言いたいわけではありません。

家計が苦しいなら、帰らない夏があってもいい。

手土産は、背伸びしない値段でいい。

気持ちが向かないなら、電話だけの夏でもいい。

ここで手放したいのは、「帰省そのもの」ではなくて、「お金を使ったあとに自分を責めるクセ」のほうです。

使うと決めたお金なら、責めない。

使わないと決めたお金なら、それも責めない。

決めたのはあなたなのだから、どちらもまるごと、正解でいいのです。

お金の使い方に、みんな共通の正解はありません。

あるのは、「あなたが納得して決めたかどうか」だけ。

うしろめたさは、あなたが浪費家だから出てくるのではなくて、あなたがまじめで、やさしいから出てくるもの。

その気持ちごと、そっとねぎらってあげてくださいね。

◆今日の小さな一歩(3分ワーク)

もしよかったら、3分だけ時間をとって、こんなことをしてみてください。

①今回の帰省で使った(使う予定の)お金を、ざっくり書き出す

②それぞれの隣に、「そのお金で買えたもの」を、金額以外の言葉で書いてみる

③最後に、自分にひとことだけ。「ちゃんと、めぐらせたね」

数字の隣に言葉が並ぶと、出費の景色が、すこし変わって見えるはずです。

これはいわば、お金にひとつずつ「名前」をつけてあげる作業です。

名前のついたお金は、もう「ただ減った数字」には戻りませんから。

お金は、こわがる相手ではなくて、めぐらせる相手。

だいじょうぶ。

あなたのお金は、ちゃんと彩りに変わっていますからね。

今日もまた、自分らしいペースでトコトコ歩いていきましょう。

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