山の日に。休むことも、ちゃんと修行だと、ぼくは思う

かつてのぼくは、「休む」ことが、いちばん下手でした。

休むのはサボりで、止まるのは負け。

手帳に空白があると、そわそわして、むりやり予定で埋めていました。

きょうは山の日。

祝日で、お盆前で、暦がすこしだけ「休んでいいよ」と言ってくれる日。

そんな日にこそ、書いておきたいことがあります。

◆走り続けた先で、折れた

起業して走っていたころのぼくは、休むことに罪悪感を持っていました。

みんなががんばっているのに、自分だけ止まっていいのか。

止まったら、置いていかれるんじゃないか。

休むくらいなら、もうひと仕事。

そうやって休みなく走り続けた先で、こころとからだが、ボキッと折れました。

アディクションに沈んで、引きこもって。

皮肉なことに、休むことを拒み続けたぼくは、最後に「動けない」という形で、強制的に休まされることになったのです。

からだは、正直です。

こちらが休ませてあげないと、向こうから休みを取りにくる。

これは、身をもって知ったことでした。

いま振り返ると、折れてしまう前から、からだはずっと小さなサインを出してくれていました。

朝、起き上がるのに時間がかかる。

好きだったごはんの味が、よく分からない。

夜中に何度も、目が覚める。

でも当時のぼくは、そのぜんぶを「気合いが足りないせい」にして、見て見ぬふりをしていました。

小さなサインを無視し続けると、請求書はあとから、まとめてやってきます。

だからもし、いまのあなたに思い当たるサインがあるなら、どうかフタをしないであげてくださいね。

◆休むことも、修行

先に、芯になる言葉を置いておきますね。

禅の世界では、坐禅だけが修行ではないとされています。

ごはんを食べることも、掃除をすることも、眠ることも、すべてが修行。

日々の営みそのものが、道場なんですね。

だとしたら、休むことも、ちゃんと修行のはずです。

休むのは「何もしていない時間」ではなくて、「いのちの手入れをしている時間」。

畑を休ませるから、次の実りがある。

弓をゆるめるから、次に弦を引ける。

人も、きっと同じだと思うのです。

それに、休んでいるあいだも、いのちは休んでいません。

眠っているあいだに、傷は治り、記憶は整理され、あしたの力が静かに蓄えられていく。

「何もしていない」ように見える時間に、からだはいちばん働いてくれているんですね。

だから、休むことに許可はいりません。

がんばった人だけが休んでいい、のではなくて、生きている人はみんな、休んでいい。

順番は、それでいいのだと思います。

◆止まって見えた時間が、ぼくを直してくれた

引きこもっていたころのぼくは、「自分は止まってしまった」と責め続けていました。

でも、いま振り返ると分かります。

あの停滞にしか見えなかった時間が、ぼくのからだとこころを、ゆっくりゆっくり修復してくれていました。

土のなかで芽を出す準備をしている種は、外からは「何もしていない」ように見えます。

でも、ほんとうは、いちばん大切なことをしている。

あなたの「休み」も、きっとそうです。

いま動けないことは、終わりではなくて、準備なのかもしれません。

もちろん、渦中にいるときは、そんなふうには思えないものです。

ぼくもあのころは、「この時間に意味がある」なんて、一ミリも思えませんでした。

ただ焦って、ただ自分を責めて、カーテンの隙間の光を眺めるだけの日々。

でも、意味はあとから、ゆっくり追いついてきてくれました。

だからあなたも、いま意味を見つけられなくて、だいじょうぶ。

意味づけは、未来の自分にまかせてしまいましょう。

◆山は、登らなくてもいい

山の日というと、なんだか「登らなきゃ」という気がしてきますが、ふもとから眺めるだけの山も、いいものです。

登る山があってもいい。

眺める山があってもいい。

きょうは登らない、と決める山があってもいい。

人生も、同じで。

ぐんぐん進む日があってもいいし、ただ空を見上げるだけの日があってもいい。

進むことだけが、道を歩くことではありませんから。

◆今日の小さな一歩

もしよかったら、きょう、10分だけ「何もしない」を予定に入れてみてください。

横になって、目を閉じて、呼吸だけ。

スマホは、すこし遠くに置いて。

眠くなったら、そのまま寝ちゃってだいじょうぶ。

途中で罪悪感がムクムクと顔を出したら、こうつぶやいてみてください。

「これは、修行」

ちょっと笑えて、ちょっと力が抜けますから。

それでも「何もしない」がむずかしければ、ひとつだけ、からだにやさしいことをしてみてください。

あたたかいお茶を、ゆっくり飲む。

湯船に、いつもよりすこし長くつかる。

ベランダで、空をぼーっと眺める。

どれも立派な「いのちの手入れ」です。

がんばることと同じくらい、休むことも、あなたの道の一部です。

きょうくらいは、いのちの手入れを。

焦らず、比べず、背伸びせず。

どうぞ、よい山の日をお過ごしくださいね。

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