連休最後の夜、胸の奥がザワザワして、眠れなくなることはありませんか?
あしたからのことを考えると、おなかのあたりが、ずんと重くなる。
「せっかく休んだんだから、がんばらなきゃ」と、自分で自分にプレッシャーをかけてしまう。
お盆明けの、そんな夜を過ごしているあなたへ。
だいじょうぶ。
あなただけじゃないですからね。
◆こわいのは、日常じゃなくて
先に、芯になる言葉を置いておきます。
あなたがこわいのは、日常そのものではなくて、「日常のなかで、がんばりすぎてしまう自分」なのかもしれません。
あなたのからだは、ちゃんと覚えているんです。
全力で走る自分が、どれだけ消耗するかを。
気をつかいすぎる自分が、どれだけすり減るかを。
だから、日常が近づいてくると、ブレーキをかけてくれる。
あのザワザワは、こころの故障ではなくて、優秀なセンサーなんですね。
「また無理するつもりでしょう?」という、からだからのやさしい確認なんです。
考えてみれば、休みのあいだのあなたは、いつもよりすこし、素のあなただったはずです。
好きな時間に起きて、気をつかわない相手と過ごして、時計をあまり見ないで暮らした。
そのやわらかい状態から、ヨロイを着込んで戻ろうとしているのだから、ザワザワするのは、むしろ自然なことなんですね。
こころが正常に働いている証拠、と言ってもいいくらいです。
◆フタをして走り続けた、ぼくの話
起業して走っていたころのぼくは、休み明けの朝が、いつもこわかった。
でも、こわいと認めることがこわくて、その気持ちにフタをしていました。
「大人なんだから、あたりまえ」
「みんな同じなんだから、弱音を吐くな」
そうやって、ザワザワを無視して走り続けた先で、こころがボキッと折れました。
アディクションに沈んで、引きこもって、長い回り道をしました。
だからいまは、はっきりと思うのです。
あのザワザワは、敵じゃなかった。
誰よりも早く、ぼくを守ろうとしてくれていた声だったと。
あのころのぼくに、いま声をかけられるなら、こう言いたいのです。
「こわいなら、こわいままでいい。フタだけは、しないでやってくれ」と。
気持ちは、フタをすると、あるとき一気に噴き出します。
でも、「こわいなあ」と言葉にしてあげるだけで、不思議と半分くらいの大きさになってくれる。
感情は、見てもらうために出てきているのですから。
もしあなたのなかに、いまザワザワがいるなら、それはあなたの弱さの証拠ではなくて、あなたを守ろうとする力の証拠です。
◆同じ濃度で、戻らなくていい
「日常に戻らなくていいよ」とは、言えません。
生活が、ありますものね。
でも、これだけは言えます。
同じ濃度で、戻らなくていい。
休み前のあなたが100点満点の全力だったなら、あしたは70点でいい。
まわりへの気づかいも、仕事のスピードも、7割くらいで。
残りの30点ぶんの余白は、サボりではなくて、センサーへのお返事です。
「だいじょうぶ、今度は無理しないから」という、自分との小さな約束です。
70点と言われても、どこを削ればいいのか分からない、という方もいるかもしれません。
そんなときは、「見えない仕事」から削ってみてください。
頼まれてもいないのに、先回りする。
その場の空気を、ひとりで支えようとする。
帰り道まで、仕事の反省会をしてしまう。
繊細ながんばり屋さんの100点には、そういう「誰にも見えない30点」が、たっぷり含まれていますから。
そこをそっと降ろすだけで、仕事の質はほとんど変わらないのに、消耗だけが減っていきます。
◆今日の小さな一歩
今夜できることを、みっつだけ置いておきますね。
①あしたの予定をひとつ減らす(減らせなければ、ひとつ「軽く」する)
②「あしたは70点で行く」と、口に出して決める
③あしたの朝、玄関を出る前に、深呼吸をひとつ
これだけで、あしたの重さは、すこし変わります。
とくにおすすめなのは、②の「口に出す」ことです。
頭のなかで思うだけだと、決意はいつのまにか流れてしまいますが、声に出した言葉は、ちゃんとからだに残ります。
あしたの朝、いつものクセで全力を出しそうになったとき、「あ、70点って決めたんだった」と思い出させてくれる。
言葉は、未来の自分への、小さな置き手紙なんですね。
休みが終わっても、あなたの味方は終わりません。
ザワザワするこころごと、そっと連れて、ゆっくり戻っていきましょう。
それでも、どうしてもつらかったら、また休んでいいのです。
日常は、一度戻ったら降りられない電車ではありませんから。
途中の駅で降りて、ひと息ついて、また乗ればいい。
そのくらいのゆるさで、付き合っていきましょう。
焦らず、比べず、背伸びせず。
70点のあなたで、じゅうぶんですからね。
