増えたモノは、増えた不安のかたち。〜部屋とこころの、ふしぎな連動の話〜

ふと部屋を見わたして、「あれ、こんなにモノあったっけ」と思ったことはありませんか?

買った覚えはあるけれど、使った覚えはあまりないモノたち。

いつか使うかも、の「いつか」が、何年も来ていないモノたち。

クローゼットの奥の、去年一度も着なかった服。

「いつか読む」の本の山。

引き出しの奥の、なんのためか分からないコード類。

きょうは、そんなモノと、こころの話です。

こんにちは。ライフコーチのりょーすけです。

さいしょに、きょうの芯の言葉を置いておきますね。

増えたモノは、増えた不安のかたち。

モノが増えるとき、ぼくたちはたいてい、モノがほしいのではなくて、安心がほしいんです。

足りなくなったら、こわいから買っておく。

疲れた自分を、なぐさめたいから買ってしまう。

流行に置いていかれたくないから、手に入れておく。

思い返してみると、ぼくがモノを増やしていたのは、決まって、こころに余裕のないときでした。

逆に、こころが満ちているときは、ふしぎと買い物が減るんです。

つまり、部屋に増えていくモノは、こころにたまっていった不安の、かたちを持った姿なんですね。

だから、部屋は、こころの鏡だと言われるのだと思います。

部屋が重たいときは、こころも、どこか重たい。

かつてのぼくの部屋が、まさにそうでした。

起業がうまくいかなくなって、アディクションに沈んで、引きこもっていたころ。

ぼくの部屋は、モノであふれていました。

不安だから、買う。

買った瞬間だけ、ちょっと安心する。

でも、すぐにまた不安になる。

だから、また買う。

いま思えば、あれは買い物というより、穴のあいたバケツに水を注ぎつづけるような行為でした。

穴をふさがないかぎり、いくら注いでも、たまらないんですよね。

しかも、増えたモノは、置いてあるだけで、こころの片すみを少しずつ占領していきます。

視界に入るたび、「片づけなきゃ」と小さな声がする。

その小さな声の積み重ねが、じわじわと、ぼくを疲れさせていました。

そこから、ぼくの「つみへらし」が始まりました。

手放すこと。

減らすこと。

引き算で生きること。

ひとつ手放すたびに、ふしぎなことが起きました。

「これは、あのころの不安だったんだな」と、モノの奥にあった気持ちが見えてくるんです。

使っていないサプリの山は、健康への不安。

読んでいない本の山は、置いていかれることへの不安。

着ていない服の山は、人からどう見られるかの不安。

モノを手放すことは、モノの奥にしまいこんだ不安に「もう、だいじょうぶだよ」と声をかけてあげることでした。

部屋が軽くなるのと同じ速度で、こころも軽くなっていきました。

手放すときは、ちょっとした儀式をしていました。

「いままで、ありがとう」と、こころのなかで言ってから、手放す。

モノに罪はないので、けんか別れではなくて、円満なお別れにしたかったんです。

誤解しないでほしいのですが、モノを買うことがわるい、と言いたいわけではありません。

備えることも、自分へのごほうびも、暮らしにはだいじなことです。

モノそのものには、何の罪もありません。

そして、捨てられないあなたを責めたいわけでも、ぜんぜんありません。

捨てられないのは、それだけ一生懸命、不安と付き合ってきた証拠でもあるんですから。

とくに、思い出のつまったモノは、むずかしいですよね。

それは、無理に手放さなくて、いいんです。

思い出のモノは、不安のかたちではなくて、だいじな時間のかたちですから。

きょうの話は、あくまで「不安のかたち」をしたモノたちの話です。

ただ、こう問いかけてみる価値は、あると思うんです。

「ぼくは(わたしは)、モノがほしいのかな。それとも、安心がほしいのかな」

この問いが、モノとこころのあいだに、そっと風を通してくれます。

さて、今日の小さな一歩です。

タイマーで、3分だけはかってください。

場所は、目についたひとつだけ。

引き出しひとつでも、カバンのなかでもいい。

そのなかから、手放すモノを、ひとつだけ選んでみる。

迷ったら、こう聞いてみてください。

「これは、どんな不安のかたちだったんだろう?」

答えが出なくても、だいじょうぶ。

そのときは、そっと元に戻していいんです。

問いかけたこと自体が、もう立派な一歩ですから。

手放すと決めたモノは、捨てるだけじゃなくて、誰かにゆずったり、寄付したりしてもいい。

そのモノが、また誰かのところで役目を果たすなら、それもひとつの「めぐり」ですね。

そして、手放すときは、ひとことだけ。

「いままで、ありがとう」

モノをひとつ手放すと、不安がひとつ、居場所を失います。

空いたすきまには、風と、余白と、いまここの時間が入ってきます。

不安をぜんぶなくすことは、誰にもできません。

でも、不安のかたちをしたモノをひとつ減らすことなら、きょうのあなたにも、できます。

焦らず、比べず、背伸びせず。

きょうは、ひとつだけ。

今日もまた、自分らしいペースでトコトコ歩いていきましょうね。

Share

X Facebook LINE

モノ

衣替えの前に、こころも軽く。この夏いちども袖を通さなかった服に、聞いてみたいこと

クローゼットをあけるたび、「着ていない服」とふと目が合って、そっと閉じてしまうことはありませんか? 夏の終わりのこの時期。そろそろ衣替えが頭をよぎるころです。 でも、なんだか腰が重い。

モノ

実家のモノと、思い出の手放し方──捨てるのはモノで、思い出ではないから

実家に帰って、昔の自分の部屋の押し入れを開けて、手が止まってしまったことはありませんか? 卒業アルバム。 古い手紙。 子どものころのおもちゃや、賞状や、部活の道具。

モノ

持たない身軽さが、夏をらくにする。モノを減らしたら、部屋に風が通った話

かつてのぼくの部屋は、モノであふれていました。 読まない本。 着ない服。 「いつか使うかも」の箱たち。 とくに、こころが弱っていた時期ほど、モノは増えていきました。