Blog — Notes from the Lab
Notes, quietly kept.
ことばの、はじまり。
お知らせも、エッセイも、日々のちいさな歩みも。
ここに、ひとつずつ置いていきます。

夏のはじまり、距離の取り方は人それぞれ。
夏休みが、もうすぐ。 スケジュール表のなかに、お盆の予定、家族の集まり、親戚づきあい、子どもを連れての帰省、いろんな線が引かれはじめる頃です。 そして、その線を眺めるたびに、なんとなくこころが重くなる人もいる。

『主人公』──ほんとうの自分に呼びかける。
週末の朝、誰の声にも邪魔されない、ほんの数十分。 鏡の前に立っていても、ぼくたちは、いまの自分の顔を、ちゃんと見ていないことが多い気がします。 予定。返事。やるべきこと。

土用の丑の日。「滋養」って、なんだろう。
7月24日、土用の丑の日。 うなぎを食べる日、と決まっている、夏の節目の日。 スーパーの売り場には、湯気が立ちそうな蒲焼きが並んで、家の冷蔵庫にもひとつ、用意してある人もいるかもしれません。

「もったいない」が、こころを重くしているとき。
クローゼットの服、頂きもののお皿、もう何年も読んでいない本、奥にしまった電化製品。 手放そうとした瞬間、頭の中で誰かが「もったいない」と言う。 そして、手のひらに乗せたモノを、また元の場所に戻す。

「自分なんて」が口から出そうな日に。
朝、鏡の中の自分を見て、ふっと出てくる「自分なんて」。 ちょっとしたミスをしたあとに、頭の中で何度もリピートされる「自分なんて」。 誰かに褒められた瞬間にすら、つい返してしまう「いやいや、自分なんて」。

スマホを置いて、5分だけ「空」を見る。
朝起きてから寝るまで、スマホを手放した時間が、どれくらいあったか覚えていますか? 通知、ニュース、SNS、メッセージ、動画。 気がついたら、手のひらのなかの小さな画面に、ぼくたちのこころのほとんどが吸い込まれている。

休みなのに、罪悪感がある人へ。(海の日に)
7月20日、海の日。 カレンダーが赤くなっているのに、なぜか胸の奥には小さな後ろめたさ。 家でゴロゴロしているだけで「なにかしないと」と思ってしまう。 SNSで誰かが楽しそうに過ごしているのを見ると、こころがチクっとする。

『而今』──過ぎたことも、まだ来ぬことも、今。
日曜の夜の浴槽の中。 頭の中だけ、なぜか先週の自分のミスと、来週の月曜の会議のあいだを、ぐるぐる往復していませんか? あの会話、もっとうまく返せたはず。 あの人に、もっとああ言えばよかった。

「会いたい人」より「会ってホッとする人」。
週末、誰かと会う予定を立てるとき。 「会いたい人」と「会わなきゃいけない人」と「会えば楽しい人」、いろんな顔が浮かんできませんか? そして、それぞれと会ったあと、こころのバッテリーが ぐっと減ることもあれば、ふしぎと充電されることもある。

お金が貯まらないんじゃない。安心がほしいだけ。
通帳の数字を見るたびに、なんとなく不安。 保険のCMを見るたびに、こころが少しざわざわする。 老後のことを考えると、布団に入っても目が冴える。 そんな夜、ありませんか? そんなあなたへ。

冷房と外気の往復で、こころも疲れる。
朝、外に出た瞬間の、もわっとした熱気。 オフィスや電車に入って、ひんやり寒いくらいの冷房。 ランチで外に出るとまた汗だくになって、戻ってきたら寒さで肩がこわばる。

引き出しのいちばん奥にある「予備の予備」。
キッチンの引き出しを開ける。 洗面台の下の棚を開ける。 押入れのいちばん奥のケースを引き出す。 そこにある、「念のため」のストック。 電池、洗剤、シャンプー、調味料、文房具、紙袋。